| 執筆者 | LI Anqi(曁南大学)/丸山 士行(大阪大学)/ZHANG Yangyang(曁南大学) |
|---|---|
| 研究プロジェクト | コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析 |
| ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト
中国は長年にわたり一人っ子政策(OCP:One-Child Policy)を実施してきましたが、少子化が深刻化する中で、規制を段階的に緩め、2016年にはすべての夫婦に二人目を認める「二人っ子政策」に転換しました。政策直後には出生率が一時的に上昇しましたが、2017年を境に再び急速な低下に転じたため、「政策効果は一時的で、結局は何も変わらなかった」という評価が広がりました。
本研究では、表面上の出生率の上下ではなく、「二人目を産める資格(ルール上の許可)が与えられると、二人目の出生行動がどれだけ変化するのか」という因果効果に焦点を当てて分析を行いました。中国家庭追跡調査(CFPS)に加え、1980年代以降の省ごとの免除規定の変遷を丹念に整理し、「その年に二人目の出産資格があったか」の情報を夫婦ごと・年ごとに再構築しました。中国の制度は「全国一律」ではなく、地域や属性(農村か都市か、第一子の性別、年齢、出産間隔など)によって許可が広がってきたため、この細かな違いを利用して政策の影響を識別します。
分析の結果、二人目の出産が許可されることは、二人目出生の年次確率を平均で7.1ポイント押し上げ、その効果は少なくとも10年続くことが分かりました。つまり、規制緩和は「一瞬だけ押し上げて終わり」というより、二人目出生を持続的に増やす力を持っていたといえます。それにもかかわらず、国全体の出生率は2017年以降に急低下しました。ここが最も重要な点で、政策が持続的な因果効果を持っていても、社会全体の出生率の長期的な低下傾向(結婚・出産の価値観変化、教育・雇用機会の拡大、仕事と育児の両立制約、養育費・住居費の負担など)が強ければ、集計の出生率は下がり続け得ます。本研究の反実仮想シミュレーションは、規制緩和がTFRの「水準」を押し上げた一方で、長期の「傾き」を大きく変えなかったことを示しました(下図)。言い換えると、政策は少子化の落下スピードを“緩衝”するが、下り坂そのものを上り坂に変えるには別の条件が必要です。
この知見は日本への示唆が明確です。第一に、「産みたいのに制度・環境が邪魔して産めない」制約を取り除く政策は、一定の上積みを生み得ますが、それだけで少子化トレンドの反転を期待するのは危険です。第二に、トレンドを変えるには、二人目・三人目の意思決定で決定的になる「仕事と家庭の両立コスト」を下げる政策が中核になります。具体的には、保育の量と質、長時間労働の是正、男性の育児参加を前提にした制度運用、柔軟な働き方の“標準化”、住居費・教育費の不確実性を減らす設計が必要です。第三に、政策は単発ではなく、家計が将来を見通せる形で継続されることが重要です。出生行動は短期の景気刺激よりも、期待形成と生活設計に強く依存するためです。
中国の経験が示すのは、「規制を外せば少子化が解消する」という単純な物語ではありません。むしろ、①一時的な上昇、②持続的な水準の押し上げ、③長期トレンドの反転、を区別し、どこを狙う政策なのかを明確にした包括パッケージを組む必要がある、という点です。日本の少子化対策も、給付の多寡だけでなく、家計の時間制約・職場慣行・ジェンダー不平等といった“構造”をどこまで動かせるかが勝負になります。