ノンテクニカルサマリー

専科教員配置が学力に与える効果

執筆者 伊芸 研吾(慶應義塾大学)/中室 牧子(ファカルティフェロー)/村川 智哉(ハーバード大学)/レ・クン・チエン(在ベトナム日本大使館)
研究プロジェクト 機能するEBPMの実現に向けた総合的研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「機能するEBPMの実現に向けた総合的研究」プロジェクト

近年、小学校における教員のなり手不足や長時間労働が深刻な問題となっており、教員の働き方改革が喫緊の課題となっている。その中で、授業の質を高めつつ教員の負担を軽減する方策として注目されているのが「教科担任制」である。教科担任制とは、従来の一人の担任教員が全教科を教える学級担任制と異なり、教科ごとに専任教員を配置する制度である。2022年度より全国の小学校高学年で教科担任制が本格的に導入され始め、文部科学省は小学校中学年への制度の拡大も視野に入れている。しかし、教科担任制に関する日本国内の実証研究は管見の限りでは存在せず、政策的な意思決定を支えるエビデンスは限られてきた。さらに、海外で行われた実証研究では、教科担任制の導入が児童の学力や行動に負の影響を与えるという結果も報告されており、その有効性については議論が続いている。

本研究では日本の小学校という独自の教育環境において専科教員の配置が児童の学力や非認知能力に与える影響を検証した。千葉県の小学校60校を無作為に以下の3グループに振り分けるクラスターランダム比較試験(RCT)によって効果の検証を行っている。
1) 理科の専科教員を配置する学校(20校)
2) 算数の専科教員を配置する学校(20校)
3) 専科教員を配置しない学校(20校)
本研究では海外の先行研究を踏まえ、従来の学級担任制を維持しつつ、特に高い専門性が求められる教科(算数・理科)に追加的に非常勤教員を配置することで学級担任制と教科担任制の良さを両立させることを目指した。また、専科教員には定年退職した元教員を中心に豊富な経験のある教員を採用した。

本研究を通して以下の結果が得られた。

  1. 理科の専科教員の配置は、理科・算数双方において学力の有意な向上をもたらした。また、児童の柔軟な学習方略や自制心にも正の影響を与えた。
  2. 算数の専科教員の配置は、算数・理科いずれの学力にも有意な影響を与えず、非認知能力への影響も確認されなかった。
  3. いずれの教科における専科教員の配置も、国語の学力には影響を与えなかった。
  4. 専科教員の配置は学級担任の勤務時間や授業準備にかかる時間に影響を与えなかったが、担任教員の成長マインドセット(児童の知的能力は努力や適切な学習方法によって向上できるという考え)が高まる傾向が確認された。
図:専科教員配置の効果

本研究は教科担任制の因果効果を日本の教育現場で検証した初めての研究であり、今後の制度設計に重要な示唆を与える。第一に、理科のような専門性が高く、多くの教師が指導に不安を抱える教科では経験豊富な専科教員の活用が特に有効であることが明らかになった。理科は授業準備や実験指導の負担が大きく、経験と共に指導力が向上することが期待できるため、専科教員の配置が学習の向上につながったと考えられる。第二に、専科教員の配置はコスト面にも優れた施策である。理科専科教員配置による学力向上効果を少人数学級政策と比較すると、同等の成果を約1/12の費用で達成しており、教育政策として高い費用対効果を有する。今後は、専科教員と担任教員の協働のあり方や、教科横断的な学習とのバランスを含め、より持続的で実効的な教科担任制の運用モデルを検討していくことが求められる。