ノンテクニカルサマリー

AI・ロボット技術と生産構造の変化:生産関数による定式化

執筆者 深尾 京司(理事長)/松尾 武将(コンサルティングフェロー)/吉野 彰浩(コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

背景:AI・ロボットの進展が社会にもたらす変化

近年、生成AI技術の発展がめざましい。本研究では、AI・ロボット技術が人間中心の仕事を代替していく過程について、理論モデルを構築した上で、2040年の産業構造にどのような影響を与えるのかを詳細な産業レベルのデータに基づいて試算した。

AI・ロボット技術が人間中心の仕事を代替していく速度が職種間・産業間でどのように異なるかの推計には、深尾他(2025a、RIETI PDP, No.25-P-008)で作成された詳細な職種別および産業別の自動化リスク指数(ARI, Automation Risk Index)に関する情報を用いた。彼らは、2024 年秋に RIETI と野村総合研究所が共同で実施した AI・ロボット技術の専門家へのアンケート・インタビュー調査と、職種別に必要とされる労働者のスキル・能力に関して労働政策研究・研修機構(JILPT)が推計した job tagデータを用いて 2040 年における職種別 ARI を算出した上で、2019 年を対象とした賃金構造基本調査の職種別・産業別労働投入データをウェイトとして集計することで産業別 ARI を算出している。

本研究では、2040年における産業別ARIを与件とした上で、AI・ロボット技術の導入は大規模な事業所では比較的速く進むと考えられることから、2020 年を対象とした経済センサス活動調査の産業ごとの事業所規模分布データを使ってこの点を推計に反映させた。図1に本研究で算出された産業別の全職種の仕事を行うコストに占めるAI・ロボット投入のコストの割合(λ)の一部を示している。

図1.2040年における全職種の仕事を行うコスト(付帯コストを含む)に占めるAI・ロボット投入のコスト(付帯コストを含む)の割合
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図1.2040年における全職種の仕事を行うコスト(付帯コストを含む)に占めるAI・ロボット投入のコスト(付帯コストを含む)の割合

次に本研究では、既存の人間中心の労働を生成AI・ロボットで代替した場合の要素投入の変化を推計した。生成AI・ロボットによって代替した場合においても、労働投入が不要になるわけではなく、技術を体化した労働の投入が必要であり、資本としてロボット・ソフトウェアへの投資、中間投入として情報通信サービス等を利用したとして、代替後の要素投入の変化を算出した。具体的に代替により必要となる職種はその他の情報処理・通信技術者、その他の専門職、機械技術者、必要となる資本ストックは情報・通信機器、その他の機械・設備、コンピューターソフトウェアとして、代替による要素投入の変化に伴う質の変化を算出すると、労働の質・資本の質ともに1.04倍とマクロ全体での投入生産要素の質の向上にも影響を与える結果となった。

主な発見とその意味

  1. 産業別の代替は、産業別の事業所規模の違いによって違いが生まれる
    産業別のλjの値は、産業間で大きく異なっており、ARIが高い産業ほど、また平均事業所規模が大きい産業ほど、生成AI・ロボット技術の普及は早く進む。需要が拡大される医療・保険衛生産業と介護産業において、ARIには大きく差がないものの、介護の方が小規模事業所が格段に多いことから、AI・ロボットの導入が遅れる結果となっている。
  2. 生成AI・ロボットによる労働の代替は、代替の効果だけでなく、必要となる要素投入の変化から労働の質・資本の質の向上につながる
    労働の代替に伴い投入される技術を体化した労働、資本ストックは既存の労働者、資本ストックと比較して、質が高い(労働者の場合は2020年時点の職種別賃金比較において、高い賃金である)ことが多く、生成AI・ロボットによる労働の代替は、単純な代替効果だけでなく、新規労働者の職種の変化から、産業における労働の質の変化にも影響を与える結果となっている。

政策的含意:AI・ロボット時代における労働政策の必要性

本研究の結果は、生成AI・ロボットといった技術の導入に伴う労働の代替に関して、産業別の影響を示している。産業別に代替の度合いが異なる他、代替によって必要となる職種・資本の変化に対応するには、以下のような対応が必要であろう。

  • スキル転換を支援する教育、リスキリング支援の充実
    産業別に違いはあるが、AI・ロボット技術による労働の代替が想定されることから、既存の労働者は代替されない残タスクに集中することができ、労働生産性の向上が見込まれる。労働者は既存のタスクの代替を想定し、AI・ロボットに代替されにくいスキルの習得の他、代替に伴い各産業で必要となる技術を体化した労働者を育成するための職業訓練、リスキリング支援の強化が必要となる。
  • 小規模事業所に対する生成AI・ロボット技術の導入支援の充実
    本研究では、生成AI・ロボット導入における規模の経済効果は全ての産業で同一といった強い仮定を前提としているが、その前提に伴い、小規模事業所の多い飲食サービス業、介護業では生成AI・ロボットの導入が遅れ、労働の代替が限られる。今後、人口高齢化により大幅な需要増が見込まれるエッセンシャル・サービス業においては、省力化投資による労働生産性向上の必要性は明確である。小規模事業所の多いサービス業においては、生成AI・ロボットのベンダーにより、投資をせずとも安価に利用できるサービスの開発など、導入を支援することが重要であろう。