ノンテクニカルサマリー

設備投資と法人税:近年の税制改正に着目したミクロデータ分析

執筆者 高岡 暸(神戸大学)/宮崎 智視(神戸大学)
研究プロジェクト 法人課税の今後の課題と実証分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「法人課税の今後の課題と実証分析」プロジェクト

1.背景

政府は2000年代後半以降、企業の設備投資拡大を通じて経済活性化と経済成長を目指して法人税引き下げを行なってきた。結果、2011年時点に30%であった法人税の法定税率は、本稿発刊時点である2025年4月現在23.2%まで下がっている。

しかしながら、安倍晋三内閣による一連の経済政策、いわゆる「アベノミクス」以降、企業の経常利益と内部留保は堅調に伸びる一方、設備投資が低調であることが知られている。このことは、法人税率の引き下げが設備投資の増加につながっていないことを示唆するものである。実際に、2024年に発表された政府税制調査会の資料では、近年の法人税改正が設備投資の増加をもたらしていないのではと指摘している。しかしながら、筆者たちが確認する限り、近年の法人税改正が設備投資に与える影響について計量経済学的手法を用いて検証した研究はなされていない。

以上を踏まえ本稿では、企業の財務データを用いて2008年以降の法人税減税が企業の設備投資に及ぼす影響を分析した。推定にあたっては、tax-adjusted Qを用いた設備投資関数にキャッシュフローなどを加え、その影響を検証した。

2.実証結果

分析の結果、減税を実施した多くの年で、法人税の減税はtax-adjusted Qを通じて、設備投資に対して統計的に有意に正の影響がみられた。しかしながらtax-adjusted Qの推定値は著しく小さい。このことは、減税のインパクトは大きくはなく、投資を刺激する効果は限定的であったことを示唆するものである。さらに表1に示す通り、設備投資への反応は、期間や企業の置かれている状況により異なり、特に売上が上昇する中で将来の需要の増加を予想し、設備投資に積極的な「成長企業群」においてその効果が強くみられた。

表1 税制改正時を対象とした、設備投資関数の推定結果(DP本文の表6)
表1 税制改正時を対象とした、設備投資関数の推定結果(DP本文の表6)
注:括弧内の数値は標準誤差を⽰す。 *** 、**、*はそれぞれ1%、5%、10%の有意⽔準であることを⽰す。推定では、法⼈税減税が⾏われた次の年を対象として、各年のクロスセクション推定を試みた。表のうちQはtax-adjusted Q、CAは企業のキャッシュフロー⽐率、DEBTは企業の債務⽐率、UNCERは企業の不確実性に関する指標であり、設備投資関数の説明変数である。

3.政策的含意

実証結果は、設備投資の拡大、引いては経済活性化を目指し策定された近年の法人税減税は、政策目標こそ達成できたものの、その定量的な効果は限定的であったことを示唆するものである。実証結果からは、経営が厳しい状況にある「リストラ企業群」にはその効果があまり見られないものの、「成長企業群」では、近年なされた多くの税制改正について法人税減税が設備投資を拡大する効果が確認された。このことは、法人税減税は投資活性化策としては必ずしも適切ではないことを示唆するものである。

ところで成長企業の多くは、将来の需要増加を見込んで投資に積極的な企業であり、多くの場合、正の外部性が期待できる革新的な技術を有していると考えられる。設備投資だけではなく研究開発投資や人的資本投資も含めた、成長企業のさまざまな投資活動に対して税額控除や特別償却を適用することが法人税減税の対案として考えられよう。今後の税制改正では、法人税率を一律に引き下げることよりも、成長が見込める企業に対して租税特別措置を行うことで投資の活性化、ひいては高い経済成長を実現することが求められる。