| 執筆者 | 服部 圭介(青山学院大学)/吉川 丈(大阪公立大学) |
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| 研究プロジェクト | グローバル化・イノベーションと競争政策 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト
現代の多くの産業では、企業が競争しながら同時に業界全体の需要拡大に向けた共同投資を行う「コーペティション(協調的競争)」が観察される。カリフォルニアの酪農業界による「Got Milk?」キャンペーン、日本の農協による消費拡大キャンペーン、温泉地の景観整備、産地ブランド構築などがその典型例である。これらでは、投資能力の高い事業者が業界需要拡大を主導し、その便益が競合を含む全参加者に及ぶ。本研究は、このような環境において、企業間の効率性格差が競争優位や政策効果にどのような影響を及ぼすかを理論的に分析した。
分析では、企業が第1段階で業界需要を拡大する投資を行い、第2段階で拡大した市場において競争するという2段階の理論モデルを構築した。企業は生産効率性と投資効率性の両面で異なる能力を持つと想定し、それぞれの企業が自らの利益を最大化するように投資と生産の意思決定を行う状況を分析している。
この理論分析から、従来の競争理論の予測を覆す逆説的な結果が得られる。生産と投資の効率性において劣る企業が、優れた企業よりも高い利潤を獲得する「利潤の逆転現象」が生じ得る。この現象は、市場拡大投資の便益が全企業に波及する一方で、投資コストが効率的な企業により重くのしかかることで発生する。効率的企業が投資負担の大部分を担い、非効率企業がその恩恵にただ乗りする構造である。この逆転現象は需要の価格弾力性が高い市場ほど生じやすい。
政策的含意として重要な点は、利潤の逆転現象が市場と社会に及ぼす影響が、時間軸によって異なることである。短期的には、効率性格差の存在が社会全体の利益をもたらす。効率的企業による大規模な投資が市場を拡大し、消費者余剰と生産者余剰の双方を増加させるためである。しかし長期的には、企業の参入・退出を通じて、非効率企業のみが市場に存続する可能性がある。効率的企業が過度な投資負担により市場から退出する一方、非効率企業がその恩恵を享受し続けることで、市場の選別機能が歪められ、技術進歩が阻害される。
こうした状況において、市場の失敗を是正する補助政策は、状況によって異なる効果を持つ。生産補助や投資補助は、不完全競争による過小供給やただ乗りによる過小投資を緩和する有効な手段となりうる。特に、利潤の逆転現象が発生していない市場では、このような政策介入は効率的企業と非効率企業間の利潤格差を緩小させ、企業間格差の是正に寄与する。しかし、補助政策は利潤の逆転現象を発生させやすくするため、既に逆転が生じている市場では、市場の選別機能をさらに歪め、長期的な技術進歩を阻害する可能性がある。
これらの理論的発見は、農産物の一般広告、観光地マーケティング、業界全体の販促キャンペーンなど、企業が業界需要拡大への投資を行いながら市場シェアを巡って競争する様々な産業に適用可能である。政策立案においては、対象市場における需要拡大投資の構造を理解し、市場の選別機能が適切に働くよう、補助政策の設計や市場介入の方法を慎重に検討する必要がある。