ノンテクニカルサマリー

空間的集積モデルにおける、家族内の教育と移住についての世代間の意思決定

執筆者 近藤 広紀(上智大学)
研究プロジェクト コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト

グローバル化が進行する経済においては、地域間において、就業機会や高等教育へのアクセスに、大きな格差が生じている。これは、新しい経済地理モデルにおいて説明されるように、グローバル化の進展によって、高度な技能が要求される職業と人的資本が、少数の巨大都市に集積することに起因している。ただし、もしも人々が地域間を自由に移動できるのであれば、このような集中は問題にはならない。経済的に停滞した地域に生まれた人々も、将来のキャリアのために高等教育を受けるべく都市へ移動するはずである。しかしながら実際には、賃金の低い地域に生まれた人々は、高い教育を受ける機会が小さくなっている。たとえ自らが高い教育を受けられなかったとしても、都市に移住して働き、子や孫の世代に高い教育の機会を確保できれば、地域間格差は長期的には問題とならない。しかし現実には、高技能労働者は所得の高い地域へ移動する一方で、低技能労働者はそうした地域へ移動しないばかりか、そうした地域から離れていく傾向が見られる。その結果、集積によって社会的分断が深まり、公平性が著しく損なわれている。

本稿では、都市における人的資本の近接性の利益を分析する新しい経済地理モデルの枠組みに、個人をその出身地に結び付ける諸要因を明示的に取り入れることにより、これらの要因が、人的資本の集積パターンの決定にどのような役割を果たしているのか、そして、地域間の不平等をどの程度深刻化・固定化させるのかを検討する。そして、この枠組みに基づき、いくつかの重要な政策を評価する。具体的には、道州制の提案にあるように、地方政府の地理的および行政的な範囲を拡大することの是非を考察する。また、高齢者向け社会保障の効果についても、人的資本の近接性の利益による集積や、個人をその出身地に結び付ける諸要因の存在有無によって変わってくる可能性があることを明らかにする。

個人を出身地に結びつける要因として、本稿では、家族という局所的な枠組みの中で公共財的な性質をもち、そのために家族が地理的に近接して居住することが有益となるような、家庭内公共財(family public goods)に着目する。家族の中で、育児や介護を含む家事労働をどのように分担するのか、また、誰が労働市場に参加するかが決定される。こうした家事労働の投入の効率性や、そこから得られる便益は、家族の地理的近接性に大きく依存している。

子世代が熟練労働者になると、彼らは都市に住み、高い賃金を得て、多くの家族内公共財を提供し、その恩恵は親世代に及ぶ。このことにより、人々は都市あるいはその近郊に住み、高等教育への投資を行う誘因をもつ。子世代も、同様にさらにその子孫の世代に対して、高等教育への投資を行う。また、その子孫の世代を、都市またはその近辺に引き付けるべく、多くの家庭内公共財投資を提供する。このように、高い実質所得が、世代を超えて継承されていく。その結果、都市およびその近郊の人口密度は、非常に高くなる。つまり、都市およびその近郊においては、家族の地理的近接性の利益と人的資本の近接性の利益が相まって、集積の力を一層強めることになる。

一方で、都市から遠く離れた地域では、家族は低い実質所得しか得られない非熟練労働者として、世代を超えてその地域にとどまり続ける。そのような地域では、家族の地理的近接性の利益が、集積の力を弱める方向に作用する。図1と図2にあるとおり、日本では実際に、東京や大阪、名古屋などの都市圏から離れている地域ほど、大学進学率は低くなっている。

本研究の分析の枠組みは、いくつかの政策を評価するうえでの、重要な基盤を提供する。

まず第一に、道州制の提言に見られるような、地方政府の地理的および行政的範囲を拡大することの含意を検討する。このモデルには、人的資本の集積に関して単極型(monocentric)および多極型(multicentric)の、複数の均衡パターンが存在する。家族の地理的近接性の利益を取り入れたモデルにおいては、多極型の均衡は、都市と地方の間において、世代を超えて持続する社会的格差を緩和する効果が期待できる。なぜなら、まず、都市部における人口過密が大きく緩和される。また、都市部以外の地域においても、都市からの平均距離が短くなる。その結果、より多くの地域において、高い教育投資を行おうという誘因が増大する。したがって、道州制の導入によって地方政府の地理的・行政的範囲が拡大することで、東京への過度な集中を是正し、複数の地域中核都市をもつ多中心型の都市構造を推進できるのであれば、そのような政策を推進すべきであるといえる。

第二に、高齢者向け社会保障の影響を検討する。具体的には、政府が個人の若年期に課税し、その資金を、その個人が高齢になったときに、家族内公共財の提供という形で給付するような、積立方式の年金に近い社会保障を考える。子世代が非熟練労働者となって親とともに故郷に留まる場合、子世代は公的に提供された家族内公共財をもつ高齢の親により依存し、自身が提供する家族内公共財を大幅に減少させようとする。したがって、親は子どもが熟練労働者になることを一層望むようになり、その結果、教育投資の誘因が高まる。この結果は、経済地理モデルに、家族の地理的近接性の利益を取り入れることで新たに得られる成果である。

図1
図1
都道府県ごと大学進学率 (%)と東京までの距離 (km)
Correlation coef. =-0.563
図2
図2
都道府県ごと大学進学率 (%)とそこから最も近い3大都市(東京、大阪および名古屋)までの距離 (km)
Correlation coef. =-0.702