| 執筆者 | CHENG Wenyin(IDE-JETRO)/LIANG Tao(IDE-JETRO)/MENG Bo(IDE-JETRO)/張 紅詠(上席研究員) |
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| 研究プロジェクト | 米中対立のミクロデータ分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「米中対立のミクロデータ分析」プロジェクト
1. 背景と問題意識
中国は現在、世界最大の輸出国であり、とりわけ工業製品を低価格で世界市場に大量に供給している。図のパネル (a) に示されているように、1998 年には中国の輸出は世界全体のわずか 3.5% に過ぎなかったが、2022 年にはそのシェアが 14.6% にまで拡大した。また、2000〜2019 年の期間において、中国の輸出価格は世界平均の 40〜60%程度という低い水準にとどまっている。このような顕著な競争力がどのようなメカニズムによって形成され、維持されてきたのかについては、依然として十分に解明されていない。
図のパネル (b) は、中国における産業補助金が近年急速に拡大している様子を示している。特に注目すべき点は、2015 年に発表された産業政策「中国製造 2025」を境に補助金の増加ペースが加速し、さらに 2018 年の米中貿易戦争の勃発以降、その伸びが一段と強まったことである。推計によれば、2022 年の産業補助金総額は5,620 億元(約11兆円) に達している。こうした補助金政策をめぐっては国際的にも議論が続いている。米国など主要国は、中国の広範かつ手厚い産業補助金が国際競争を歪め、不公正な優位性をもたらしていると批判している。一方で中国政府は、自国の補助金政策は世界貿易機関(WTO)の枠組みに沿った正当な措置であると主張しており、評価は大きく分かれている。
本研究は、企業レベルの補助金データ、財務データ、輸出入申告データに加え、地域間産業連関表を組み合わせることで、産業補助金が中国企業の輸出行動および国際競争力にどのような影響を及ぼしているのかを実証的に検証した。補助金が企業自身への直接支援だけでなく、川上産業への補助金がサプライチェーンを通じて企業に波及する間接効果も考慮した点が特徴である。
2. データ
本研究では、企業が直接受け取る補助金に加え、川上産業に与えられた補助金が、中間財を通じて下流企業にどのように波及しているかを測定する。そのために、中国国家統計局「規模以上工業統計」(ASIF)を用いて企業ごとの補助金額や研究開発投資(R&D)を把握し、中国税関の輸出入申告データから企業別の輸出状況(HS8桁品目レベルの輸出額、輸出数量、輸出先などの情報)を取得した。さらに、中国の地域間産業連関表を用いて、どの産業が川上に位置するのかを精緻に捉えられるようにした。このようにして、直接補助金と間接補助金の双方を精度高く測定し、それらが輸出行動や企業競争力に与える影響を分析した。
3. 主な実証結果
分析の結果、第一に明らかになったのは、企業が受け取る直接補助金が輸出行動を大きく押し上げているという点である。直接補助金を受けた企業は、新たに輸出を開始する可能性が高まるだけでなく、すでに輸出を行っている企業においては輸出額が増加することが確認された。とくに輸出量の増加への効果は、輸出参加への効果を上回っており、補助金が既存輸出の拡大に寄与している。また、直接補助金は企業のR&D投資や高品質な輸入中間財の調達を促進しており、これが製品の品質向上や技術力強化の基盤となっている。
第二に、本研究が新たに示した重要な発見は、川上産業への補助金が下流企業の輸出を強く後押ししているという点である。とりわけ、企業の直接の供給元である一次川上産業への補助金は、下流企業が輸出量を増やす上で大きな役割を果たしている。これは、川上産業が補助金によって生産効率や品質を高めた結果、その中間財を使用する下流企業の競争力が高まるためである。
第三の重要な発見は、補助金が必ずしも輸出価格の低下を引き起こしていないという点である。一般に補助金は価格引き下げ競争につながると考えられがちだが、本研究の分析ではそのような効果は確認されなかった。一方で、直接補助金と間接補助金の双方が製品品質を有意に向上させ、その結果として品質調整後の価格は低下していることが明らかになった。つまり、消費者や海外市場ではより良い製品が同じ価格で購入できる状況になっており、これは実質的には競争力の強化に直結している。
本研究では、補助金がどのような経路によって輸出や品質に影響を及ぼしているのかも検証した。その結果、直接補助金は企業のR&D投資を促進し、輸入中間財や資本財の調達拡大を通じて技術向上や品質改善を実現していることがわかった。また、間接補助金は国内川上産業の生産性向上をもたらし、その中間財を利用する下流企業の製品品質や輸出競争力の向上につながっている。つまり、補助金は企業単体だけでなく、サプライチェーン全体を強化する効果を持っている。
4. 政策的含意
以上の結果から、本研究は中国の産業補助金が企業の競争力を高める主な経路は「低価格化」ではなく「品質向上」であることを示した。補助金によって強化されるのは、R&D活動や設備投資といった、企業の長期的な競争力に資する要素である。また、補助金が個別企業だけでなくサプライチェーン全体に波及し、広範な輸出競争力の強化につながっている点も政策的に重要である。外国の消費者や企業にとっては、高品質な製品をより低い価格で購入できるというメリットが生じる一方、競争相手となる外国企業にとっては圧力となる可能性がある。いずれにせよ、本研究は補助金政策が国際競争力に与える影響を、企業とサプライチェーン双方の視点から捉える必要性を示している。