| 執筆者 | Joseph NEGRINE(The Australian National University)/Christopher FINDLAY(The Australian National University)/Shiro ARMSTRONG(ノンレジデントフェロー) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
かつて半導体製造における世界的リーダーであった日本は、地政学的競争の激しさが増し、サプライチェーンの脆さが露呈し、技術的変化が急速なこの時代において、国内の半導体製造能力の再構築を図っており、世界の産業政策議論において再び中心的な関心対象となっている。本稿では、日本の半導体産業について、世界を席巻した1980年代の支配的地位からの1990年代および2000年代における急速な衰退、そして現在の産業政策による大規模な介入に至るまでの過去半世紀における軌跡を考察する。
1970年代および1980年代における日本の半導体産業の優位性は、卓越した製造力、強い家電需要、系列構造を通じた長期的資金調達、VLSIプロジェクトなどの協調的研究開発イニシアチブから生まれた。日本はメモリチップ、とりわけDRAMにおいて支配的地位にあり、1980年代半ばまでに米国を追い抜いた。しかし、半導体産業がファブレス・ファウンドリモデル、製品サイクルの短縮化、ロジック半導体中心のアーキテクチャに移行する中、構造的・組織的硬直性によって日本の地位が低下した。1986年日米半導体協定、プラザ合意後の円高、韓国と台湾の競合企業の急速な台頭により、日本勢はさらに弱体化した。2000年代初頭までに、日本は技術的優位性を失っており、生産の主軸も成熟ノードとなり、日本の世界半導体収益シェアは10%を下回った。
日本におけるイノベーションの長期的な抑制要因として過剰な連携、過度の標準化、脆弱なスタートアップ形成、低い労働流動性、産学研究プラットフォームの導入の遅れなどが挙げられ、これらの要因は新しいアーキテクチャやビジネスモデルへの移行を阻害してきた。技術者の高齢化や台湾、韓国、中国への人材流出によって、日本のエコシステムはさらに力を失った。日本企業は装置および素材分野において依然として国際競争上の優位性を保持していたものの、高度な製造および設計において主導的地位の維持に苦戦した。
新型コロナウイルス感染症の世界的流行、サプライチェーンにおける自動車用および産業用半導体不足、米中の戦略的競争の激化、相互依存の兵器化に関する懸念の高まりなどが総合的に作用した結果、日本は新たな積極的半導体戦略を採用した。日本は2021年から2023年までに、国内サプライチェーンの回復力を再構築し、地政学的ショックから受ける影響を抑制し、高度な製造における競争力を回復させるために、相対的に先進諸国中最大となる3.9兆円(270億米ドル)近くの半導体投資パッケージを支出した。
日本の戦略には、(i)自動車および産業分野で不可欠なレガシー半導体とミッドレンジのロジック半導体の安定供給を確保し、(ii) AIおよび高性能コンピューター向けの高性能ロジック半導体における世界の最先端技術市場への再参入を図るという、2つの補完的な論理が反映されている。このアプローチは従来の内向きな「日の丸」型連携からの転換を示しており、これまでと異なり、外国企業、技術のグローバルパートナーシップ、国際製造ネットワークへの統合を重視している。
日本の実利的かつ低リスクな戦略の柱となっているのはTSMCのJapan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)熊本工場であり、これにはソニー、デンソー、トヨタが共同出資している。JASM工場は80億ドルを超える補助金の支援を受けて建設マイルストーンをすばやく達成しており、何十億ドルもの関連投資を引き寄せ、九州を半導体集積地として活性化させている。JASMの狙いは、自動車および産業用途の安定供給を強化するのと同時に、日本をTSMCのグローバルエコシステムに組み入れることにある。この取り組みに示されているのは、市場に即した、海外パートナー主導型の産業政策モデルである。
一方、北海道におけるRapidusプロジェクトは、数世代分の技術的進歩を飛び越えて2ナノメートルのロジック半導体を2027年までに製造するという、高リスクな最先端製造への日本の野心を具現化するものである。Rapidusは主要な国内企業8社からなるコンソーシアムによる出資と110億ドルを超える公的資金による支援を受けており、IBMおよびIMECからの技術移転に大きく依存している。このビジネスモデルでは、AIおよび高性能コンピューターに特化した用途向けの短納期製造が目指されている。しかし、同プロジェクトは、前例のない技術の一足飛び、限定的な民間出資、深刻な技術者不足、高額な光熱費、新しく実績のない工場においてアンカー顧客を獲得することの難しさなど、大きな課題に直面している。
これらの旗艦プロジェクト以外でも、日本政府の支援対象にはメモリー製造(キオクシア/ウエスタンデジタル)、DRAM(マイクロン)、バックエンドおよびパッケージングの研究開発、地域人材育成コンソーシアム、最先端半導体技術センターの他、研究開発、資本投資、知的財産の商業化に対するより大規模な税制優遇措置が含まれている。
日本の半導体サプライヤー網は拡大中で、地方大学ではカリキュラムの調整が行われており、より広範な地域エコシステムが深化している。それでもなお、RapidusとJASMの両プロジェクトの技術的・商業的リスクは依然として高い。先端ノードの土台が存在しない状態で一足飛びで2ナノを実現するというのは、世界で前例がない。労働力不足、限定的な民間からの共同投資、安定的な大口顧客の不在などの現状は、実現可能性に対する懸念を招いている。低リスクプロジェクトであるJASMにおいてであっても、日本は投資水準と消費者需要を低下させるレガシー半導体におけるグローバル競争に対処する必要がある。
グローバルレベルでは、日本の戦略は、補助金競争の激化、非効率な支出のリスクの増大、製造の分散化が進む中で展開されている。日本の経験は、結果が極めて不確実で、波及効果の分布も不均等な先端技術分野において産業政策が抱える深刻な不安要素も浮き彫りにしている。
本稿では、以下のとおり、効果的な産業政策のための複数の教訓を特定した。
- 開放性とグローバルパートナーシップは不可欠である。海外主導の協業モデルは、競争を醸成し、閉鎖性を低減し、技術移転を加速させることにより、過去の弱点に対処する。
- ビジネスモデルの多様化は産業全体のリスクを低減させる:低リスクの海外主導型工場と高リスクの国内先端技術プロジェクトを組み合わせることにより、半導体への政府投資に対する効果的なリスク回避策を講じることができる。
- 業績に連動した資金提供は重要である:マイルストーン、民間からのマッチング出資、透明性の高い報告などにより、民間企業の説明責任が強化され、モラルハザードが抑制される可能性がある。
- エコシステム志向戦略は孤立した旗艦プロジェクトより効果的である。ただし、競争的なエコシステムにおいては、人材開発、労働流動性、スタートアップの形成、産学連携、移民政策などにおける改革が求められる。
- 補助金と技術ガバナンスにおける国際協力は、コスト効率の悪い補助金競争を抑制し、集団的回復力を支援する可能性がある。
- 補助金に連動した業績の独立検証を行い、政府支援の終了を政治的な基準ではなく技術的な基準により定めることは、半導体投資の目下の実現可能性を評価する上で不可欠である。
日本における半導体再興は、先進諸国の中で最も野心的な産業政策の試みの一つと言える。その成否は、開放性を維持し、民間セクターのリーダーシップを醸成し、人的資本を強化し、競争上の中立性を維持し、産業介入が市場に即したものとなるようにすることにかかっている。JASMは、国際的なエコシステムに組み込まれた効果的な産業戦略の有望な雛型であり、一方、Rapidusは、最先端技術市場における日本の復権に向けた大胆ではあるが不確実性を伴う試みである。両モデルに示される2つの道筋からは、この地政学的分断化の時代において先進諸国が回復力、競争力、グローバルな統合のバランスが取られた産業政策を設計する方法について、重要な示唆を得ることができる。