ノンテクニカルサマリー

軍事技術の発展がイノベーションに与える効果:戦前および戦中の日本の秘密特許より

執筆者 小谷 厚起(東京大学)/中島 賢太郎(ファカルティフェロー)/岡崎 哲二(ファカルティフェロー)/齊藤 有希子(上席研究員(特任))
研究プロジェクト イノベーション、グローバリゼーションと雇用
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「イノベーション、グローバリゼーションと雇用」プロジェクト

インターネットやGPS(位置情報システム)の例が示すように、軍事技術が民生技術の研究開発を促進し、社会に大きな変革をもたらす場合がある。経済学分野においても、いくつかの実証研究によって、軍事技術に関する政府の研究開発支援が民間の研究開発を促したことが示されている(Gross and Sampat 2023; Moretti et al. 2025)。

研究開発における軍事技術と民生技術の関係を研究するためには、軍事技術に関する研究開発活動を同定することが鍵になる。本研究では、戦前日本で施行されていた「秘密特許」制度に着目した。1899年に制定された特許法は「軍事上必要なるもの若しくは秘密を要するものに係る発明について」は秘密特許とし、秘密特許は「特許公報」に掲載しないこと等を定めた(特許庁編1984年)。

秘密特許制度は第2次世界大戦後、1948年の特許法改正によって廃止され、それ以前に登録された秘密特許の完全なリストが利用可能である(桜井2020)。秘密特許によって軍事技術を同定することの利点は、軍事的に重要性がある技術が特定できること、および戦時中にかぎらず平時も含めてデータが利用できることにある。分析にあたっては筆者を含むグループが構築した特許制度発足以降の全特許を網羅したデータベース(井上他 2020)を使用した。

秘密特許で測られる軍事技術開発の民生技術開発への影響を、本論文では主にイベント・スタディーによって測定した。分析のデザインは次の通りである。分析の単位は技術分類×5年毎の期間(1916-1920年・・・1941-1945年)とする。ある技術分類について、最初の秘密特許登録というイベントの前後で、その技術分類の特許がどのように推移したかを、秘密特許の登録がまったくなかった技術分類をコントロール・グループとして回帰分析し、結果をイベント・スタディー・グラフに示すというアプローチである。結果は図1の通りである。秘密特許登録が行われた期から特許登録数がコントロール・グループと比べて増加しはじめ、2期後からは差が統計的に有意になる。また、秘密特許登録以前の期間については、有意なトレンドが観察されない。この結果は、秘密特許登録に結びつく軍事技術開発が民生技術を含む研究開発一般に促進効果を持ったことを示唆している。

図1
図1

この効果には相互に排他的ではない2つのチャネルが考えられる。第一に軍事技術開発を行った研究者ないし研究機関の研究開発能力を高めた可能性があり、第二に軍事技術開発に携わらなかった研究者ないし研究機関に何らかの波及効果を持った可能性が考えられる。これらチャネルの存在を検証するために、研究者・研究機関を、秘密特許を登録したことがあるグループと登録したことがないグループに区分して、上と同様のイベント・スタディー・グラフを描くと図2のようになる。いずれのグループについても、イベント前には有意なトレンドが認められず、イベント後に特許登録数が増加傾向を示す。この結果は、軍事技術開発がそれを行った研究者・研究機関の研究開発能力を高めただけでなく、その他の研究者・研究機関にプラスの波及効果を持ったことを示唆している。

図2
図2
参考文献
  • Gross, Daniel P and Bhaven N Sampat, “America, Jump-Started: World War II R&D and the Takeoff of the US Innovation System,” American Economic Review, 113 (12), 3323–3356, 2023.
  • Moretti, Enrico, Claudia Steinwender, and John Van Reenen, “The Intellectual Spoils of War? Defense R&D, Productivity, and International Spillovers,” Review of Economics and Statistics, 107 (1), 14–27, 2025
  • 井上寛康・岡崎哲二・齊藤有希子・中島健太郎「戦前期日本のイノベーション活動:特許情報の電子化によるアプローチ」RIETI Policy Discussion Paper Series, 20-P-12. 2020年.
  • 桜井 孝『防衛技術の守り方:日本の秘密特許』発明推進協会、2020年.
  • 特許庁編『工業所有権制度百年史』上巻、発明協会、1984年.