執筆者 | 山ノ内 健太(香川大学)/細野 薫(ファカルティフェロー)/滝澤 美帆(学習院大学) |
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研究プロジェクト | 企業ダイナミクスと産業・マクロ経済 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「企業ダイナミクスと産業・マクロ経済」プロジェクト
近年、米国をはじめとする先進諸国では、一部の大企業による市場支配力(マークアップ)の上昇が注目されている。こうした動きは、労働分配率の低下や産業の新陳代謝の停滞といった経済全体への影響とも関係しており、国際的な研究が進められている。本研究は、このような関心のもと、日本の多国籍企業が展開する海外子会社の市場支配力(マークアップ)の推移と決定要因を、2001年から2018年の期間を対象に実証的に検証したものである。
分析には、「海外事業活動基本調査」および「企業活動基本調査」を用い、親会社と海外子会社を結びつけたパネルデータを構築した。マークアップは、売上高と売上原価の比率に基づいて推計されている。
まず、図1が示すように、海外子会社のマークアップ(売上加重平均値)は2000年代に緩やかに上昇したが、2010年代にはむしろ低下傾向を示している。特に製造業においては、対象期間を通じて一貫して横ばいから微減の動きを見せており、米国企業のような明確な上昇トレンドは確認されなかった。
この背景として、マークアップ(売上加重平均値)の変化を分解した結果(図2)、個別の子会社内でのマークアップは上昇していた(内部効果)一方、マークアップの低い子会社が売上を伸ばしたこと(再配分効果)により、全体としては平均マークアップが押し下げられたことが判明した。つまり、日本企業の海外子会社は、マークアップを高める努力をしていたものの、グローバル市場では低価格・低マークアップ企業に有利な競争環境が形成されていた可能性がある。
次に、親会社のマークアップの推移を見ると、2000年代にやや上昇し、2010年代には横ばいとなっていた。この傾向は製造業においても同様である。さらに子会社のマークアップを被説明変数、子会社、親会社およびホスト国の特性を説明変数とし、子会社・年の固定効果を含む回帰分析を行うと、親会社と子会社のマークアップには強い正の相関が見られた。これは、親会社の製品品質、ブランド、経営資源といった要素が、子会社に伝播していることを示唆している。加えて、子会社のR&D活動や従業員数がマークアップに正の影響を持つこと、ホスト国のGDPや制度環境(法の支配指標)が子会社のマークアップを高める一方、市場の競争度(一人当たりGDPや日系子会社の数)は子会社マークアップを低下させることなども明らかとなった。
本研究は、日本の多国籍企業においても、グローバルな市場競争の中でマークアップを高めることが必ずしも容易ではない現実を示している。とりわけ、マークアップの低い企業がグローバル市場で売上を拡大しているという事実は、日本企業が高付加価値型戦略だけでなく、価格競争への適応も求められていることを示唆する。
また、親会社のマークアップが海外子会社に波及していることから、企業グループ全体でのブランド力や経営資源の強化が、グローバル市場での競争力確保において重要であると考えられる。さらに、ホスト国の制度環境が価格決定行動に影響するという結果は、進出先国の選定にあたり、市場規模だけでなく法制度の整備状況や競争構造を重視する必要があることを示している。

