執筆者 | ZHANG Yangyang(曁南大学)/ZHENG Xinye(中国人民大学)/丸山 士行(大阪大学) |
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研究プロジェクト | コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト
障がいのある人々は、世界人口のおよそ6人に1人を占めると言われており、日常生活に何らかの制約を抱えています。多くの場合、こうした障がいは妊娠の生理的な可能性(生殖能力)を直接的に損なうものではありません。そのため、障がいのある夫婦が子どもを持つことは世界的にも珍しいことではありません。しかし、障がいが出生行動に与える影響についての実証研究は極めて限られており、とりわけ世界の障がい者の約8割が暮らす発展途上国に関しては、ほとんど研究が存在しません。
このような国々では、障がいの問題に加えて「男の子を望む」文化的な志向(男児選好)も強く根付いており、状況はより複雑になります。将来の経済的な支えや介護を子どもに期待する傾向が強い中で、特に障がいを持つ女性が、家庭内や社会の中で厳しい立場に置かれがちであることが懸念されます。たとえば、将来を不安に思う夫婦が、健康的な育児環境が整わない中でも子どもの数、特に男児を増やそうとするケースが考えられます。
本研究では、中国中部で2019~2020年に実施された独自の調査データを用い、どちらかに障がいのある夫婦に着目して、結婚から現在に至るまでの出生履歴をたどる年次パネルデータを構築しました。特に、一人っ子政策下での男女の子どもの構成や政策の細かいルールに着目し、夫婦ごとの「男児へのこだわり」の強さを読み取る手法を用いることで、夫婦を大きく2種類――「家父長的」と「非家父長的」に分類しました。
分析の結果、障がいのある妻を持つ夫婦は、そうでない夫婦に比べて、全体として出生確率が有意に低いことが分かりました。これは第一子の出生において特に顕著でした。しかし一方で、「家父長的」と分類された家庭においては、むしろ妻が障がいを抱えている方が子どもの数が増える傾向が確認されました。こうした家庭では、男の子が生まれるまで出産を繰り返す傾向が見られ、結果として妻の障がいが十分に配慮されず、出産の手段として利用されていることを示唆しています。下表は、障がいのある妻がいる場合の、第一子と第二子以降の出生に対する影響を、それぞれの家庭タイプごとに整理したものです。

このように、障がいと男児選好が重なることで、一部の家庭においては、障がいのある女性が「出産を繰り返すための手段」として扱われるという深刻な実態が浮かび上がりました。これは本人の身体的・心理的な健康を脅かすだけでなく、長期的には家庭の貧困の連鎖や人間資本の低下にもつながりかねません。
この問題は中国だけにとどまらず、男児選好が強く、障がい者への支援体制が限られている多くの発展途上国にも当てはまると考えられます。さらに、発展途上国でなくてもジェンダー規範の強い国・地域(日本、台湾、韓国など)においても、低所得層は地方部で類似の問題が生じている可能性が考えられます。政策立案者や医療・福祉の現場、そして女性と障がい者の権利擁護に関わる全ての関係者にとって、本研究が提起する課題は喫緊の検討に値するものです。