ノンテクニカルサマリー

輸入競争とリストラ戦略:日本の企業レベル・データによる分析

執筆者 伊藤 匡(学習院大学)/松浦 寿幸(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 世界経済の構造変化と日本経済:企業と政府の対応
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「世界経済の構造変化と日本経済:企業と政府の対応」プロジェクト

近年、反グローバル化の動きが勢いを増しており、貿易自由化に対する批判が高まっている。このような批判の背景には、中国のような新興国からの輸入が高所得国における雇用を奪っているという認識がある。その結果、一部の国では、関税の引き上げや国内産業の保護といった保護主義的な政策が導入され始めている。これを受けて、輸入競争と雇用の因果関係を明らかにしようとする実証研究が数多く行われており、地域別、産業別、企業別といった多様なデータを用いて分析が進められている。しかし、企業が輸入競争の圧力にどのように対応しているかについては、十分に明らかになっていない。輸入競争の激化は企業に雇用の削減を迫る一方で、一部の企業は競争から逃れるために産業転換といったイノベーション戦略を採用したり、オフショアリングを開始して中間財の輸入を増加させたりする動きもみられる。

本研究は、1997年から2014年までの経済産業省「工業統計調査」と「企業活動基本調査」の調査票情報を用いて、企業が輸入競争にどのように対応して企業構造を再編成しているのかを分析した。本研究で構築した企業レベル・データでは、雇用構造、中間投入財の輸入、企業・製品別売上高を6桁レベルで把握することが可能であり、どのような企業が雇用を調整するのか、どのような企業が産業転換を行うのか、両戦略を組み合わせることで競争圧力から逃れることができるのか、さらにオフショアリングが輸入競争の負の影響をどのように、またどの程度緩和するのかを検証した。

本研究では雇用調整やオフショアリングに加えて産業転換に注目しているが、産業転換は参入・退出と並んで産業構造変化を促す主要な要因だからである。表1は、過去5年間に雇用調整(10%以上の雇用削減)、産業転換(4桁レベルの主要品目の転換)、その両方を実施した企業、いずれも実施していない企業の比率を中国からの輸入浸透率の上昇幅の下位5業種と上位5業種で比較したものである。雇用調整のみを行う企業の比率はいずれのグループでも3割程度であるが、中国からの輸入浸透率の上昇幅の上位5業種では、業種転換のみ、あるいは業種転換と雇用調整の両方を実施している企業の比率が高くなっており、輸入競争が激しくなると製品転換が活発に行われている様子がうかがわれる。

表1
表1

本研究のもう一つの重要な特徴は、輸入競争やオフショアリングに対する企業の構造再編が生じるまでの時間的なラグ(遅れ)を分析している点にある。本研究では、17年間にわたるパネルデータを活用し、ラグの長さによって分析結果がどのように異なるのかを検証した。こうした時間的ラグを理解することは、輸入競争の影響を評価する適切な期間を把握するうえで極めて重要である。

本研究の主な発見は以下の通りである。第一に、多くの企業が輸入増加に伴って人員削減を行っており、とりわけ生産部門労働者の雇用が大きく減少している。輸入ショックの影響に関する時間的ラグの分析によれば、生産部門労働者の数は輸入の増加に即座に反応して減少する一方で、企業が全体の雇用を調整したり、産業を転換したりするには2年以上の時間を要することが分かった。

一方で、オフショアリングは輸入競争の負の影響を緩和するうえで重要な役割を果たしていることが分かった。輸入浸透率の変化が最も大きかった上位5業種において、1997年から2014年までの間に輸入浸透率の5年平均換算の変化幅は4.6%ポイントであり、これに推計された係数-0.106を掛け合わせると、輸入の増加は雇用の成長率を0.5%ポイント押し下げたと推計される。一方で、同期間における雇用の5年間平均の変化率は-1.9%であったことから、輸入浸透率の変化は雇用減少の約4分の1を説明していることになる。一方、1997年から2014年の間における5年平均換算のオフショアリング指標の変化は0.57%ポイントであり、オフショアリングの係数0.728を掛け合わせると、オフショアリングの効果は0.41%ポイントとなり、これは輸入浸透率の上昇による負の影響を相殺するものであることがわかる。

最後に、産業転換を行った企業と行わなかった企業の間で、輸入競争による雇用損失の程度を比較すると、産業転換を行わなかった企業の方がより大きな負の影響を受けていることが示された。また、産業転換を行う企業は比較的規模の小さい企業や若い企業が多いことも分かった。新々貿易理論では、輸入競争圧力が高まると生産性の低い企業が雇用を削減し退出することが示唆されるが、今回の結果は中小企業であっても主力製品を転換することで成長を維持する企業がすくなくないことを示している。輸入競争の負の影響を回避するには、輸入競争に晒されている企業を保護するのではなく、新事業に進出する企業を支援するなど産業構造の高度化を補佐する政策が重要であるといえる。