執筆者 | 牛島 辰男(慶應義塾大学)/佐々木 隆文(中央大学) |
---|---|
研究プロジェクト | 企業統治分析のフロンティア |
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト
複数の事業に多角化した企業が専業企業よりも投資家に低く評価される傾向があることは、コングロマリット(多角化)ディスカウントとして、よく知られている。だが、この現象が意味するところは十分に明らかではない。本研究では、日本の多角化企業にディスカウントが生じるメカニズムを理解するために、時系列での変動に注目した分析を行った。
分析対象は2000年から2019年の期間中に株式を上場しており、データに問題のない全ての企業(金融機関を除く)である。多角化企業は、産業が異なる複数の事業セグメントを持つ企業として定義した。企業価値の尺度としては、事業セグメントの単体での価値を同業の専業企業の企業価値から推計し、企業が持つ全セグメントについて合計した値(企業の分解価値)に対する実際の企業価値の比である超過価値(excess value)を用いた。
専業企業に対する多角化企業の価値を年別に推計すると、非常に大きな変動が見られる。下図は、超過価値の平均の差(多角化企業-専業企業)と、回帰分析における多角化ダミーの係数の推計値の推移を示したものである。平均の差で見た場合、銀行危機が続く2000年代初頭はコングロマリットディスカウントではなく、プレミアムが見られた。逆に、日銀がマイナス金利政策を導入した2016年以降は、かつてなく大きなディスカウントが生じている。回帰分析による推計ではプレミアムが観察されることはないものの、ディスカウントの変動パターンは同様であり、時々の金融環境が多角化企業の評価に影響している可能性が示唆される。そこで、複数のマクロ経済指標を用いて、多角化企業の価値と資本市場環境との関係を検証すると、強い関係が存在することが確認された。すなわち、資本市場環境が悪化する時にディスカウントは縮小し、良好な時には拡大する。

こうした傾向が生じるのは、外部資本の調達が難しい局面では、内部資本市場を通じて事業間で資金を融通し合えることが多角化企業の強みとして評価されやすくなるためと考えられる。そこで、産業のキャッシュフローの変動パターンの違いから、事業間に働くコインシュランスの強さを推計すると、コインシュランス効果の強い事業ポートフォリオを持つ多角化企業ほど、資本市場環境の悪化時に価値が向上しやすいことが分かった。また、倒産リスクが高く、資本市場環境に影響されやすい企業でも、同様な傾向が観察された。これらの結果は、内部資本市場のもたらす財務的な安定性への評価が、多角化企業の相対的な価値を変動させる重要な要因であることを示唆する。
コングロマリットディスカウントの背景としては、不採算事業の温存やシナジーの弱さなど、企業内部の要因が指摘されることが多い。本研究の結果は、企業がコントロールできない外部の要因も、この現象の生成に大きな役割を果たしていることを示している。とりわけ興味深いのは、「金利のない世界」と称されるような特異な金融環境が出現した後に、多角化企業へのディスカウントが大きくなったことである。多角化企業による「選択と集中」がかつてより進んだ中で生じたディスカウントの拡大は、超緩和的な金融政策の知られざる副作用といえるかもしれない。