執筆者 | BAI Yuting(湖南大学)/KIM Jun Hyung(韓国科学技術院)/LI Anqi(曁南大学)/丸山 士行(大阪大学)/YANG Zhe(遼寧大学) |
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研究プロジェクト | コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト
~中国の都市部データに基づく分析~
はじめに
中国をはじめとする多くの国では、「結婚して家庭を築くにはまず家を買うべきだ」という社会的な期待があります。特に中国では、結婚や子どもを持つ前に住宅を所有することが当然視されており、家を買えるかどうかが家族形成に大きく影響しています。
しかし、住宅を購入するためには多額の頭金が必要です。中国ではこの「頭金比率(住宅価格に対して自己資金で最低限支払う割合)」が政策的に設定されており、その変動が家族の意思決定にどのような影響を与えているのかは、これまであまり研究されてきませんでした。
本研究は、中国の都市部における頭金比率と住宅価格の変動が、結婚や出生にどのような影響を与えているのかを明らかにしました。
研究の概要
- 対象データ:2010年~2020年の中国20都市に住む16~45歳の女性
- 分析対象:①初婚、②第一子出産、③二人目以降の出産
- 指標:都市ごとの頭金比率と住宅価格の変動(図1参照)
- 分析方法:都市・年ごとの違いを活かした統計分析(固定効果モデル)
図1:4都市における頭金比率と住宅価格の推移(上海、広州、瀋陽、蘭州、2008-19)
この図に見られるように主要都市間で頭金比率の推移は異なっており、また住宅価格と必ずしも連動していないので、今回のような信頼に足る因果効果の分析が可能になりました。

主な発見(表1:頭金比率・住宅価格の家族形成への影響)
本研究では、頭金比率と住宅価格が家族形成に与える影響について、3つの主要な結果が得られました。
第一に、頭金比率が高いほど、初めての子どもを持つ確率が有意に低下することがわかりました。具体的には、過去3年間の平均頭金比率が1%上昇すると、翌年の第一子出産の確率が約0.455ポイント低下するという結果が得られています。この効果は特に、学歴が低い、年齢が25歳を超える、または農村戸籍出身であるなど、経済的に不利な立場にある女性に対して大きく現れていました。一方、住宅価格については、第一子出産には有意な影響は見られませんでした。
第二に、二人目以降の子どもを持つかどうかについては、頭金比率よりも住宅価格の変動が影響していることが明らかになりました。具体的には、住宅価格が1%上昇すると、二人目以降の出産確率が約0.157ポイント上昇するという結果が得られています。これは、多くの世帯がすでに住宅を所有しており、住宅価格の上昇が資産価値の増加(いわゆる「住宅資産効果」)として働くためと考えられます。
第三に、結婚(初婚)については、頭金比率や住宅価格の変動による有意な影響は見られませんでした。

政策への示唆
本研究の結果は、異なる家族状況に応じた住宅政策の必要性を示しています。まず、これから子どもを持とうと考えている若い夫婦や経済的に余裕のない層に対しては、頭金比率を引き下げるなど、住宅取得時の資金負担を軽減する政策が効果的であると考えられます。例えば、若年層向けの住宅ローン補助や、子どもを持つことを条件とした低頭金住宅ローン制度などがその一例です。
一方、すでに子どもを持ち、二人目以降の出産を考えている世帯に対しては、既存の住宅資産を活用しやすくする金融支援策が求められます。例えば、住宅担保ローンやリフォーム支援制度を拡充し、家族が増えても住み続けられるような住環境の整備を後押しすることが重要です。
これらの政策は、中国だけでなく、住宅価格の高騰や出生率の低下に直面している日本や韓国など、他の国々にとっても有益な示唆を提供するものと考えられます。