執筆者 | CHEN Chen(Fuzhou University of International Studies and Trade)/Nimesh SALIKE(International Business School Suzhou)/Willem THORBECKE(上席研究員) |
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研究プロジェクト | Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト
トランプ大統領は中国からの輸入品に関税を課し、関税率は4月9日までに145%まで引き上げられた。その後、4月11日、トランプ氏は、スマートフォン、コンピューター、半導体機器、その他の電子機器の輸入品を同関税から除外した。関税と為替レートが電子機器の輸出に与える影響はどのようなものであるか。そして中国は電子機器製造においてどのようにしてこれほどの成功を収めたのだろうか。
為替レートと関税が中国の電子機器輸出に与える影響を調査するために、情報通信(ICT)に関する44の主要HS(統一システム)4桁区分を選定した。ICT製品は、コンピューター、通信機器、半導体、半導体製造・試験装置、ソフトウェア、科学機器、および関連部品・付属品の7区分に分類した。大多数のICT製品は、非常に高度な製品である。ICT製品は人工知能、4G、5G、インターネットバンキング、最新の製造といった影響力の大きい、大規模かつ革新的な産業と結びついている。ICT製品はサービスやデジタル取引の基盤の役割も果たしている。したがって、ICT製品は貿易紛争において重要な位置を占めていると言える。
本稿では、より高度化されたICT製品の場合、為替レートと関税の影響が弱まるかどうかについても調査する。高度化された財は必要とする技術的インプットが相対的に高いため、単純な財と比べて普遍性が低く、このことは、購入者が代替製品を見つけるためにより多くの時間を要することを意味する(Hidalgo & Hausmann, 2009)。このため、Abiad et al.(2018)は、複雑性の高い財に対する需要の価格弾力性は低いはずであるとしている。したがって、為替レートがより高度化された財の輸出量に与える影響は限定的である可能性がある。
製品の高度化の測定には、Hidalgo and Hausmann(2009)の手法を用いた。同著者らは、より多くの製品において比較優位性を有する国の能力はより高いと仮定している。また、比較優位性を有している国の数が少ない製品の普遍性は低いとも仮定している。図1は、同著者らのフレームワークを直観的に示したものである。
図1では、C1国は3つの能力(a1、a2、a3)をすべて有している。そのため同国は、3つの製品(p1、p2、p3)をすべて製造することができる。C2国は、二つの能力(a2、a3)を有している。そのため同国は、二つの製品(p2、p3)を製造することができる。C3国が有している能力は一つだけ(a3)である。そのため同国が製造することができる製品は一つだけ(p3)である。C1国は、3つの製品をすべて製造できるため、先進性が最も高い。C3国は、製造できるのは一つの製品のみであるため、先進性が最も低い。製品p1を製造できるのは1国のみであるため、同製品の普遍性は最も低く、複雑性は最も高い。3国すべてが製品p3を製造できるため、同製品の普遍性は最も高く、複雑性は最も低い。この直観に基づき、Harvard Growth Labは、国の先進性と製品の複雑性の測定手法を構築した。
本研究では、為替レートと関税が中国の電子機器輸出にどのような影響を与えるか、また、より複雑性の高い財(複雑性はHarvard Growth Labの測定手法を用いて測定)の場合にはこの影響が小さくなるかどうかについて分析する。分析結果では、人民元が高騰するとICT輸出が減少し、また為替レート弾性値はより高度化された製品ほど低いことが示された。また、関税による輸出減効果は通貨高騰によるものと比較してはるかに大きく、この傾向は高度化レベルの高いICT輸出財において特に強かった。先端半導体チップや最先端通信機器などのハイエンドICT製品には複雑なサプライチェーンが伴い、構成部品を複数の国から調達することが求められる。保護主義的環境は、輸入投入財の費用が高まるため多国籍企業の生産拠点を最終製品に対して関税が課されない国に移転させ、サプライチェーンの混乱を招くこととなり、不確実性を増大させる。
最後に、通信分野における後発国である中国がどのようにして追いつき、技術的な進歩を遂げることができたかについて考察する。キャッチアップ国は、模倣から始まり、革新に至るというプロセスを辿る(Zhou, Lazonick & Sun, 2016)。これらの国は、まず、先進国から、また、外国直接投資(FDI)の技術的スピルオーバー効果により、技術を入手して学習する。後発国はその上で、より高品質かつ低価格の製品を生産するための国内のイノベーション能力を蓄積することができる。
中国は、インフラ構築、革新的企業の技術開発、貿易とFDIの自由化政策に注力し、野心的な技術向上戦略を実践することにより成功した。中国の通信インフラは著しく向上し、携帯電話加入数も飛躍的に高まり、これにより通信技術開発の土台が強化された。
ファーウェイは、大規模なチームを編成する代わりに革新的な先駆的人材を雇用するなど、研究開発の最大効率化を図っている。ファーウェイの従業員は、イノベーションを追求し、消費者のために問題を効率的に解決することを従業員自身の最終目標とする企業文化を培ってきた。2018年、ファーウェイは、世界知的所有権機関(WIPO)に5,405件の知的財産(IP)申請を提出し、これはグローバル多国籍企業(MNC)の中で最多であった。
中国の大きな国内市場は、国内企業のイノベーションの原動力ともなっている。国内企業は、顧客のニーズと機器に関する問題点について海外のMNCよりもよく理解しているためである。2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟すると、これらの要因により中国の通信産業の発展が加速した。
本研究の分析結果には、非常に高度な輸出財の場合であっても、関税の輸出抑制効果が高いことが示された。中間財に対する関税は、投入財の価格高騰を引き起こし、これが契約の再交渉や新たな供給業者への乗り換えを招くため、グローバルサプライチェーンに多大な影響を与える。政策的含意の一つとして、トランプ大統領が貿易戦争を仕掛けた場合でも、他国は相互の貿易において関税やその他の形態の保護主義を可能な限り避けるべきであると言える。英国の経済学者Joan Robinsonが述べたように、貿易相手国がその国の港に石を投げ入れたとしても、自国が自国の港に石を投げ入れる理由とはならない。二つ目の政策的含意として、技術的な進歩を目指す国は、貿易を自由化するだけでなく、インフラ構築、革新的企業の技術開発、FDIの積極的受け入れにも注力する必要がある。これらの国は、企業に対して、国内市場を世界市場での競争力を培う場として活用することを促す必要もある。

- 参考文献
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- Abiad, A., Baris, K., Bertulfo, D., Camingue-Romance, S., Feliciano, P., Mariasingham, J.,Mercer-Blackman, V., and Bernabe, J. (2018). The impact of trade conflict on developing Asia. (Working Paper No. 566). Manila: Asian Development Bank.
- Hidalgo, C., and Hausmann, R. (2009). The Building Blocks of Economic Complexity. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106,10570-75.
- Zhou,Y., Lazonick, W.,and Sun, Y.F.(2016). Catching Up and Developing Innovation Capabilities in China’s Telecommunication Equipment Industry. China as an Innovation Nation. Oxford Scholarship Online: March 2016.
doi:10.1093/acprof:oso/9780198753568.001.0001.