ノンテクニカルサマリー

銀行企業間関係がイノベーションに及ぼす影響:イノベーションの種類との質の検証

執筆者 西村 陽一郎(中央大学)/鈴木 健嗣(学習院大学)
研究プロジェクト ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ」プロジェクト

イノベーションは、企業の持続的成長と競争優位の源泉である。イノベーションへの投資は高リスクかつ成果が不確実であり、その資金調達手段が企業の技術開発の方向性を大きく左右する。特に、負債や株式といった異なる資金調達手段は、それぞれの契約構造や企業統治のあり方を通じて、企業が選択するイノベーションの種類や質に影響を与える。日本のような銀行中心の金融システムでは、企業と銀行の関係が長期的かつ密接であることが多く、銀行は単なる融資元といった資金提供者にとどまらず、企業の意思決定や経営戦略に深く関与する傾向がある。こうした銀行との関係が、企業のイノベーションの質や種類(「革新的でリスクの高い挑戦的な研究(探索型)」、「既存技術の改良に基づく安定的な研究(深化型)」)にどのような影響を与えるかは、実務界や学界の双方からの関心が高いものの、十分に解明されてこなかった。

本研究は、銀行と企業間の関係性の深さがイノベーションの質や種類に及ぼす影響について、1992年から2024年までの日本企業の特許データを利用し、検証を行っている。銀行と企業間の関係の深さの尺度としては、銀行からの借入依存度(BankLoan)、銀行による株式保有(BankEquity)、銀行からの取締役派遣(BankBoard)、およびこれら3指標を統合した合成変数(BankRelation)を用いた。

主な検証結果としては、銀行との関係性が深い企業は関係性が浅い企業と比べ、①自社特許の他社からの引用数が少ないこと(図1)、②多数引用される特許(ブレイクスルー特許)が少ないこと(図2)、③他社から一切引用されない特許の比率が高いこと、④特許の技術的な範囲が狭いこと(図3)、⑤新しい技術分野への進出が少ないこと、⑥他社による引用よりも自己引用の比率が高いこと、⑦総特許件数が少ないといった傾向が認められた。その一方で、銀行との関係が深い企業は売上高に対するR&D支出の割合は高いことも確認された。こうした結果は、銀行が多額の融資関係、株式保有や取締役派遣を通じて企業ガバナンスに関与する場合、企業はR&D投資自体は積極的に行うものの、その内容はリスク回避的となり、革新的でリスクの高い挑戦的な探索型イノベーションが抑制され、短期的で安定を目指す深化型イノベーションに偏る傾向が強まることを示唆している。

図1. 被引用数と銀行企業間関係
図1. 被引用数と銀行企業間関係
図2. ブレイクスルー特許数と銀行企業間関係
図2. ブレイクスルー特許数と銀行企業間関係
図3. 請求項数と銀行企業間関係
図3. 請求項数と銀行企業間関係

本研究は、企業のイノベーションを活性化させるためには、「資金の量」だけでなく「資金の質」および「統治構造の柔軟性」が極めて重要であることを示唆している。銀行は本質的には債権者であるため、リスク回避的な投資を好む傾向があり、資金調達において銀行依存度の高い企業は、長期的にはイノベーション投資が抑制される可能性がある。とりわけ、上場企業であっても探索型イノベーションへの投資を志向する場合、銀行依存の弊害を認識したうえで、資金調達戦略を慎重に策定する必要があるだろう。一方で、探索型イノベーションによって企業価値が拡大するのであれば、それは結果として銀行にとっても新しい融資取引機会の創出につながる可能性がある。したがって、銀行も探索型イノベーションの重要性を理解し、企業との情報格差の緩和に努め、探索型イノベーションの支援に関与できるかもしれない。ガバナンス設計の見直しやイノベーションを理解できる人材の育成を進めることで、銀行はリスク回避的な融資提供者といった役割を超え、リスクを取る企業の戦略的パートナーへとなりうる可能性がある。

さらには、中小企業など外部資本へのアクセスが限られ、銀行融資に依存せざるを得ない企業においては、銀行のリスク回避的姿勢が探索型イノベーションの制約要因になる可能性がある。このような状況下では、政府系金融機関で行われているリスク共有型のファイナンス手法(例:技術審査型融資制度)が、探索型イノベーションの促進を後押しする可能性がある。