執筆者 | 金子 眞奈(学習院大学)/鈴木 健嗣(学習院大学) |
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研究プロジェクト | ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
イノベーションプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ」プロジェクト
近年、金融分野における技術革新の急速な進展とともに、世界各地で多くのフィンテック関連サービスや企業が誕生し、競争は一段と激化している。こうした潮流の中、日本政府が掲げる「資産運用立国」に向けた取り組みと呼応する形で、個人の資産運用における革新的な手段として注目を集めているのが「ロボアドバイザー」である。ロボアドバイザーとは、AIやアルゴリズムを活用し、利用者のリスク許容度や資産状況に応じて自動的に資産配分やリバランスを行う投資助言サービスである。低コストかつ手軽に利用可能であり、情報収集の負担を軽減するとともに、投資家の行動バイアスの修正にも一定の効果が確認されていることから、特に投資経験の乏しい個人投資家にとって有力な支援手段として期待されている。
しかし、このようなイノベーションが社会に浸透する過程では、利用者の理解度や関心、さらには地域格差など多様な要因が影響を及ぼすため、「優れたサービスを提供すれば自然と利用が広がる」といった単純な図式は成り立たない。特に日本においては、高齢化の進行や地域間格差、さらには金融教育の遅れといった構造的課題が、新たな金融技術の普及を妨げ、結果として関連するサービスや事業が国際的な競争において後れを取る要因となり得る。
本研究では、こうした問題意識に基づき、日本証券業協会が2017年から2023年までの7年間にわたって収集したコホートデータを用い、日本におけるロボアドバイザー利用者の特性がどのように変化してきたのか、またその変化が既存のイノベーション普及理論に照らしてどのように解釈できるかを明らかにする。図表1は、ロボアドバイザーの利用率の推移を示している。日本では、2016年に初めてロボアドバイザーサービスが登場し、その翌年である2017年時点では投資家全体の利用率はおよそ1%にとどまっていた。しかし、2022年にはその数値が約5%にまで増加しており、着実な浸透がうかがえる。

利用者の属性を分析すると、ロボアドバイザーの利用層が導入初期から現在にかけて大きく変化してきたことがわかる。導入当初は、20代の若年層で高所得、かつ都市部、特に東京都に居住する投資家が主なユーザー層であったが、時間の経過とともにその裾野は中高年層や地方居住者、中所得層および低所得層へと広がっている。図表2は、利用者の年齢分布の時系列的推移を示している。2017年において最も利用率が高かったのは20代で13.2%であったが、2023年には40代が7.6%と最も高くなっており、顕著な変化が確認できる。これらの変化は、Rogers(2003)のイノベーション普及理論が示す「知識」「説得」「決定」「導入」「確認」という段階を経て、技術の受容が進むにつれてユーザー属性も変化するという考え方と整合的である。
一方で、金融リテラシーや投資スタイルは、時間の経過を経ても依然としてロボアドバイザー利用の有無に強い影響を与え続けている。特に、「損益通算」や「確定拠出年金制度」など、やや専門的な金融知識を有する層は積極的にロボアドバイザーを利用しているが、知識の乏しい層では利用率の伸びが著しく低迷している。この点は、金融リテラシーの格差がロボアドバイザー普及の最大の障壁となっていることを示唆している。サービスの利便性が高くとも、それを「理解し、納得して利用する」ための基盤が整っていなければ、普及は進みにくいと言える。

以上の結果を踏まえると、政策的な示唆としていくつかの重要な点が導き出される。たとえロボアドバイザーが個人投資家にとって有用な機能を備えていたとしても、その有効活用には金融リテラシーの向上が不可欠である。そうした意味で、学校や家庭内、さまざまなコミュニティにおける実践的かつ応用的な金融教育の充実が求められるだろう。単なる知識の伝達ではなく、具体的な金融サービスの理解や活用に結びつく内容が効果的である。また、複雑な専門用語を避け、直感的に使えるサービス設計を企業に促すことも有効と考えられる。さらに、高齢者層に向けた「試して理解する」機会の提供など金融リスクに対する心理的ハードルを下げるための工夫も、有効な普及促進策となる可能性がある。
- 参考文献
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- Rogers, E. (2003). Diffusion of Innovations. Fifth edition. Free Press: New York.