ノンテクニカルサマリー

中国の輸出額に対する為替レートの影響力の低下

執筆者 Willem THORBECKE(上席研究員)/CHEN Chen(Fuzhou University of International Studies and Trade)/Nimesh SALIKE(International Business School Suzhou)
研究プロジェクト Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト

中国の商品輸出額は、1990年の620億ドルから2022年には3兆6000億ドルまで増加した。1990年、中国の輸出額は世界輸出額の1.9%を占めていたが、2022年には世界輸出額の14.3%を占めるようになった。中国の輸出の圧倒的な勢いは、相手国の企業や雇用を脅かす。人民元は中国の輸出額にどのような影響を与えるか。

Cheung et al. (2012)は、1994年から2010年にかけて、香港再輸出単位価格指数を用いてデフレートした中国の輸出総額が、IMF のCPIでデフレートされた実質実効為替レートおよび輸出加重された実質GDPにどのように反応するかを分析した。動的な最小二乗法推定を用いた結果、為替レート弾力性は符合が適正で、統計的に有意であったと報告している。これらの分析結果は、人民元が10%下落すると、長期的な輸出レベルは9%から16%増加することを示している。

近年における中国の輸出額に対する為替レートの影響力は、Cheung et al.(2012)が分析した期間と同程度ではない可能性がある。今日、中国の輸出バスケットには、Cheung et al.が調査したサンプル期間と比較して、機械、電子機器、化学製品、車両といったさらに多くの高度な製品が含まれるようになった。より高度な財の生産は単純な財の場合と比較して困難であるため、高度な財の代替製品を見つけることは普及製品の場合と比べてより困難となる。複雑財の場合には、代替製品を見つけることがより困難であるため、価格弾力性は低いはずである。

また、Jean et al. (2023)は、中国が2019年に600品目において全世界の輸出額の50%以上を占めていたことを確認した。これは、米国または日本の6倍以上、欧州連合全体の2倍以上に相当するものであった。Jean et al.は、ある製品において中国の輸出企業が支配的市場シェアを有している場合、輸入国にとって代替製品を見つけることは困難であるとしている。このことにより、中国が支配的な財の需要に関する価格弾力性が弱まる可能性がある。

一方、中国が今日輸出する製品の付加価値のより多くの部分が中国で生み出されている。Xing(2021)は、携帯電話を製造する中国ブランドの台頭について書いている。ブランド企業は、自社が製造する財のリターンを、契約製造業者よりも多く受け取る。さらに、McMorrow(2024)によって、ファーウェイのノートパソコンに含まれる付加価値の多くの部分は中国で生み出されていることが示されている。Ahmed et al. (2016)およびde Soyres et al. (2021)によって、輸出額に対する為替レートの影響は、製品の付加価値がより多く国内で生み出されるほど大きくなることが示されている。

従って、為替レートが中国の輸出額に与える影響が近年において以前の期間よりも大きいかどうかは、実証的問題である。この問題について、まず、中国の輸出価格を用いてデフレートされた中国の対外輸出総額に関して、時系列分析とデータを用いて分析する。分析結果では、1994-2009年の為替レート弾力性は−1.36であり、2009-2023年の場合は−0.31であったことが示された。従って、人民元が10%高騰した場合、前者のサンプル期間では輸出額が13.6%減少する一方、後者のサンプル期間の減少幅は3.1%にとどまる。

時系列アプローチの弱点の1つとして、関税をコントロールしないことが挙げられる。ただし、Bénassy-Quéré et al.(2021)の研究方法を用いることでこれが可能となる。Bénassy-Quéré et al.は、年次品目別二国間輸出額について、一連の固定効果、輸出国と輸入国の間の二国間実質為替レート、製品に対する二国間関税およびその他の変数を使って説明した。本研究では、1995年から2018年までの190カ国へのHS4桁レベルの1,242個の輸出品カテゴリ別の、中国の二国間実質輸出額を使用する。

1995-2008年の期間に関する分析結果では、人民元が10%高騰すると、輸出額が10.3%減少することが示された。分析結果には、関税が10%増加すると、輸出額が8%減少することも示された。2009-2018年の期間に関する分析結果では、人民元の高騰は輸出額に影響を与えないことが示された。分析結果には、関税が10%増加すると、輸出額が6.8%減少することも示された。

高度性の測定に関するHidalgo and Hausmann(2009)の分析方法を用いて、2009-2018年において、より高度な製品に対して為替レートが異なる影響を与えたかどうかについても分析した。同期間中、単純な製品と複雑な製品のいずれの場合も、為替レートは輸出額に影響を与えなかったことが分かった。

2012年1月から2019年12月にかけて、中国人民元は米ドルに対して10.5%下落した。図1に示すとおり、同期間中、中国の輸出の米ドル価格は7.4%減少した。従って、同期間中、為替レートから米ドル価格への相当規模の転嫁が発生していたことになる。他の条件がすべて等しい場合、このことは同期間中における輸出額に対する為替レートの影響力を増加させるはずである。しかしながら、エビデンスで示されているのは、輸出額に対する為替レートの影響が世界金融危機後に希薄となったことである。

中国の輸出額は急増している。Setser(2024)の報告によれば、中国の財貿易収支は、中国の経常収支データで報告されているものより50%高い可能性がある。中国の輸出の圧倒的な勢いは、海外で保護主義を招いてきた。為替レートの高騰は、輸出額の安定化に貢献していない。中国は保護主義を助長するのではなく貿易の均衡を図るために国内消費を促進すべきであり、米国をはじめとする巨額の財政赤字を抱える各国は財政再建を促進するべきである。

図1 中国の輸出額の米ドル輸出価格
図1 中国の輸出額の米ドル輸出価格
出典:米国労働統計局
参考文献
  • Ahmed, S., Appendino, M., Ruta, M. 2015. Global Value Chains and the Exchange Rate Elasticity of Exports. IMF Working Paper No. 15–252, International Monetary Fund, Washington DC.
  • Bénassy-Quéré, A., Bussière, M., Wibaux, P. 2021. Trade and Currency Weapons. Review of International Economics 29, 487-510.Cheung, Y., Chinn, M., Qian, X. 2012. Are Chinese Trade Flows Different? Journal of International Money and Finance 31, 2127-2146.
  • de Soyres, F., Frohm, E., Gunnella, V., Pavlova, E. 2021. Bought, Sold and Bought Again: The Impact of Complex Value Chains on Export Elasticities. European Economic Review 140, Article Number 103896.
  • Hidalgo, C., Hausmann, R. 2009. The Building Blocks of Economic Complexity. Proceedings of the National Academy of Sciences 106, 10570–10575.
  • Jean, S., Reshef, A., Santoni, G., Vicard, V. 2023. Dominance on World Markets: The China Conundrum CEPII Policy Brief No 44, CEPII, Paris.
  • McMorrow, R. 2024. Huawei Laptop Reveals China’s Progress towards Tech Self-sufficiency. Financial Times, 24 September.
  • Setser, B. 2024. The IMF’s Latest External Sector Report Misses the Mark. Follow the Money Weblog, 26 August.
  • Xing, Y. 2021. Decoding China's Export Miracle: A Global Value Chain Analysis. World Scientific, Singapore.