ノンテクニカルサマリー

女性労働者と企業の生産性・賃金

執筆者 森川 正之(特別上席研究員(特任))
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.趣旨

欧州諸国を中心に男女別の賃金の開示を企業に求める動きが進んでおり、日本でも2022年から常時従業者数が300人を超える企業に対して男女の賃金の差異を公表することが義務付けられた。男女間賃金格差の縮小が望ましいことに異論は少ないはずだが、何がその原因なのかによって適切な対応策は異なる。

男女間に限らず賃金格差の分析では、年齢、学歴といった各種個人特性では説明できない賃金格差を明らかにするというアプローチが多い。しかし、観察される賃金格差に経済合理性があるのかそうでないのかを明らかにするためには、生産性と賃金の相対的な関係を見る必要がある。例えば、女性の賃金が相対的に低いとして、そもそも生産性が違うからなのか、企業の生産性への貢献に見合わない不当な低水準なのかによって適切な政策的対応は異なる。仮に生産性>賃金という関係ならば、賃金構造を是正するタイプの政策が一定の有効性を持つと考えられる。一方、仮に生産性≒賃金あるいは生産性<賃金という関係ならば、教育訓練など生産性自体に働きかける政策が本質的である。例えば、欧州企業を対象として賃金透明化の効果を分析したBaggio and Marandola (2023)は、「賃金の透明化は生産性に関する情報で補完されるべき」だと指摘している。

2.分析の概要

個々の労働者の生産性を賃金と比較できれば最善だが、個人レベルの生産性を計測するのは一般に難しい。このため、企業レベルでの従業者構成(女性比率など)の情報を利用し、ある属性の労働者の企業の生産性に対する寄与と平均賃金への寄与を比較するというアプローチが採られてきた。

本研究では、独自の企業サーベイと「企業活動基本調査」から作成した2015~2018年度のパネルデータを使用し、従業者の女性比率、パートタイム労働者比率、大卒以上比率と企業の生産性(TFP)、平均賃金の関係を推計し、「生産性-賃金ギャップ」を計測する。サンプル全体のほか、①製造業と非製造業、②労働組合の有無、③女性取締役の有無というサブサンプルに分けて分析する。

3.分析結果の概要

分析結果の要点は以下の通りである(図1参照)。①平均的には女性労働者の賃金が企業の生産性に対する貢献との見合いで低いという関係はない。②労働組合のある企業や女性取締役のいる企業において、女性労働者の賃金が生産性との見合いでより高めになっているという関係はなく、むしろ逆である。③パートタイム労働者の賃金が生産性への貢献に比して低いとは言えない。④高学歴労働者の賃金は生産性への貢献に比べて低めという関係がある。⑤企業固定効果を考慮すると女性労働者、高学歴者の「生産性-賃金ギャップ」は確認できず、観測されない企業特性が背後にあることを示している。

図1. 企業の女性労働者比率と生産性-賃金ギャップ
図1.  企業の女性労働者比率と生産性-賃金ギャップ
(注)推計結果に基づいて作図。生産性-賃金ギャップは、生産性<賃金の場合にプラス、生産性>賃金の場合にマイナスとなる。

4.政策含意

女性労働者の企業の生産性への貢献に比較して賃金が過少という関係が確認されないことを踏まえると、例えば、賃金情報の開示を通じて男女間賃金格差が相対的に大きい企業の賃金構造の修正を促すといったタイプの政策の有効性はおそらく限られる。ただし、男女の賃金の差異の公表義務化後、現実にどのような変化が起きているのかは、2023年度以降のデータが利用可能になった段階で改めて確認する必要がある。

本研究の対象は従業者50人以上の企業であって小規模な企業はカバーしていないなどの限界があること、2021年度の数字には新型コロナの影響が入っている可能性があることを留保しておきたい。いずれにせよ、賃金構造の変化を促すために有効な政策を企画・立案するためには賃金と生産性の相対的な関係を明らかにすることが重要であり、一層の研究が必要である。

参照文献
  • Baggio, Marianna and Ginevra Marandola (2023). “Employees’ Reaction to Gender Pay Transparency: An Online Experiment.” Economic Policy, 113: 161–188.