執筆者 | 山内 勇(リサーチアソシエイト) |
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研究プロジェクト | 国際的に見た日本産業のイノベーション能力の検証 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
イノベーションプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「国際的に見た日本産業のイノベーション能力の検証」プロジェクト
1.研究の目的
本研究は、特許審査において行われる「面接」の効果を明らかにすることを目的としている。特許審査は単に審査官が特許性の有無を判断するだけのものではなく、出願人と審査官が共同で事業に貢献する権利を作っていくプロセスでもある。しかし、出願人と審査官の間で発明の特許性について認識のズレや情報の非対称性があると、本来特許化すべき発明が拒絶査定となったり、本来特許化すべきでない発明が特許化されたりするリスクが高まる。それだけでなく、最終的に特許となった場合でも、権利範囲が事業に貢献しないほど狭くなってしまったり、逆に第三者の事業活動を過度に抑制するほど広くなってしまったりする可能性もある。こうした問題について、書類でのやり取りでは伝わりにくい情報・知識が直接的なコミュニケーションで共有しやすくなるならば、面接の機会を提供することは審査の質の向上に寄与すると考えられる。
我が国では2014年に面接・応対に関するガイドラインが改訂され、出願人等から面接の申請があった場合、原則一回は面接を受諾することが明記された。本研究では、このイベントを一種の自然実験として捉え分析に活用することで、重要な発明ほど面接が申請されやすく、同時に、権利範囲が広く安定性も低いといった影響を取り除いたうえで、面接の効果を測定している。
2.データと測定指標
本研究では、分析の時間軸としてファーストアクション(FA)日を用いている。本来、ガイドライン改訂の面接利用への影響を分析するには、面接日を分析の時間軸に設定できる方が良い。しかし、面接日を時間軸として設定した場合、面接を利用していない案件がサンプルから除外されてしまい、両者の比較が行えなくなる。そのためFA日を分析の時間軸として用いることとした。ただし、FAから面接までの平均的な期間は5か月程度であり、標準偏差を考慮した範囲では10か月強のずれが生じる。また、審査の質には長期のトレンドがある。これらの影響を抑えるため、ガイドライン改訂(2014年10月)の直近前後1年間を分析対象期間から除いたうえで、改訂前1年間(2012年10月から2013年9月)と改訂後1年間(2014年10月から2015年9月)という比較的短期での変化を比較している。
本研究において権利範囲の変化は、出願時から登録時にかけての第一請求項の文字数の変化率で測定している。審査プロセスにおいて拒絶理由通知を受けた出願人は、権利範囲を限定するような記載を追加することで拒絶理由を回避することが多いためである(ただし、化学分野では特殊な記載慣習があるためサンプルから除外している)。また、権利の安定性については、無効審判の発生率を用いている。
下の図1は、ガイドライン改訂前後における、面接の実施率と文字数の変化率の推移を見たものである。図から分かるように、面接の実施率はガイドライン改訂後に2%程度ジャンプしており、文字数の変化率の平均値は4%程度低下している。このことは、面接の実施により請求項の文字数の変化が抑えられており、過度の権利範囲の縮小が抑えられていることを示唆している。
3.分析結果とインプリケーション
論文では、発明の質など様々な影響を考慮した計量経済学的な分析を行っている。その結果、ガイドラインの改訂は、特に対面での面接を増やしたことが明らかになった。先に見た図1の関係(面接の実施が請求項の文字数の変化率を低下させる効果)も、計量経済学的な分析によって確認されている。さらに、面接の実施により、無効審判の発生率も低下することが分かった。したがって、審査過程での面接の実施は、出願人と審査官の共通理解を促進し審査の質を高めるとともに、適切な権利範囲の確保にも貢献することを示している。
本研究の分析から、オンラインでの面接環境の構築など、面接にかかるコストを抑えつつ、面接の実施を促進していくことが、特許制度のイノベーション促進効果を高めることにつながると考えられる。他方で、面接には様々な取引コストも発生する。例えば、書類上のやり取りとは異なり、時間に関するフレキシビリティは低下する。また、対面での面接であれば移動時間もかかる。さらに、面接のための資料の準備等も必要になるだろう。こうした取引費用に対して、書面でのコミュニケーション費用が高い場合(書面では情報が伝わりにくい場合など)には、面接を利用する相対的なベネフィットが大きくなると考えられる。特に出願人にとって権利化の必要性が高い発明について認識に齟齬が発生しているような場合には、面接の取引費用を下げる取り組みが重要になると言える。