ノンテクニカルサマリー

エコノミストのマクロ経済予測の不確実性

執筆者 森川 正之(特別上席研究員(特任))
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 趣旨

政府・中央銀行の文書や新聞報道で「不確実性」という単語が頻繁に使用されている。不確実性をどのように計測するのか、それはどう推移してきたのかを正しく知ることは、経済政策の企画・立案を行う上で重要である。

近年、不確実性を定量的に捉えるための様々な代理変数が開発されてきた。それらの中で、マクロ経済予測の専門家(エコノミスト)へのサーベイに基づく①予測のばらつき(dispersion)ないし不一致度(disagreement)、②事後的な予測誤差(forecast error)は、不確実性の代理変数として比較的早い時期から頻繁に利用されてきた。

本稿は、日本のエコノミストの経済予測(「ESPフォーキャスト調査」)のデータに基づいて不確実性指標(①予測の不一致度、②絶対予測誤差)を作成した上で、過去約20年間のマクロ経済の先行き不確実性の動向を概観する。

2. 結果の要点

結果の要点は以下の通りである。第一に、エコノミストの経済成長率予測にはかなり大きな上方バイアスがあるが、政府や日本銀行の見通しに比べるとバイアスが小さい(図1,図2参照)。第二に、エコノミストのマクロ経済予測からも、世界金融危機、新型コロナ危機が大きな不確実性ショックだったことが再確認される。第三に、予測誤差から見た不確実性は遠い将来の予測で大きい傾向があるが、予測の不一致度で測った不確実性は近い将来の予測ほど大きい。第四に、当年度予測については調査時期が後になるほど予測の不確実性が低下していく傾向があるが、翌年度予測については調査時期の経過に伴う不確実性の低下傾向は限定的である。第五に、予測の不一致度で測った不確実性はマクロ経済活動の水準が低い不況期に高いのに対して、予測誤差から見た不確実性ではそうした関係が見られない。つまり、不確実性の代理変数として多用される二つの指標はかなり性質が異なっている。

3. 含意

経済予測に不確実性が伴うことは避けがたく、特に金融危機、自然災害、感染症の蔓延といった大規模な負のショックは、マクロ経済の専門家にとっても想定外であることが多い。したがって、予測誤差が発生すること自体はやむを得ないし、想定外のことを予測に折り込むのが難しいのも間違いない。しかし、政府や日本銀行のマクロ経済見通しと比較すると、民間エコノミストの経済成長率やインフレ率の予測の上方バイアスはいくぶん小さい。

日本に限らず政府の経済予測に楽観バイアスがあることは良く知られており、政府財政の持続性確保及び政策の信頼性向上のため、独立した財政機関(IFIs)を設置することが望ましいという議論は多い。また、独立性のある経済予測機関を持つ国では経済予測のバイアスが小さいことを示す実証研究もある。ただし、想定外のショックが頻発する中、民間エコノミストの予測にもかなりの上方バイアスがあるとすれば、そうした制度の導入によって改善できる部分は限られる。

それらのショックが中長期のマクロ経済に対して負の「履歴効果」を持つかどうかにも依存するが、政府財政、社会保障制度など中長期の制度設計を行う際には、予期せざるショックが起こりうることを念頭に、控えめな前提に立つことが望ましいのではないか。

図1. エコノミストと政府経済見通しの予測誤差
図1. エコノミストと政府経済見通しの予測誤差
(注)予測誤差は「実績値-予測値」なので、図の左側のマイナスの数字は実績値の下振れ(予測の上方バイアス)を意味。図2も同様。政府経済見通しのCPIはCPI(総合)。
図2. エコノミストと日本銀行政策委員の見通し(中央値)の予測誤差
図2. エコノミストと日本銀行政策委員の見通し(中央値)の予測誤差