ノンテクニカルサマリー

企業の中期予測の不確実性:コロナ禍前後の比較

執筆者 森川 正之(特別上席研究員(特任))
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.趣旨

不確実性の経済分析は古くから行われてきたが、経済主体が直面する不確実性は本質的に主観的なものであって一般的な統計データから観測するのが難しい。このため、不確実性の様々な代理変数や指標が開発され、実証研究に用いられてきた。しかし、企業や家計といった経済主体が直面する不確実性を把握するためには、点予測値(期待値)とともにその確率分布を直接に尋ねるのが最善だとされている。

本稿は、日本企業を対象に行ってきた独自の調査に基づき、中期的なマクロ経済成長率と自社売上高伸び率(ミクロ)の不確実性―点予測値の主観的90%信頼区間として計測―について、新型コロナ前、コロナ危機下、ポストコロナの時期にかけての変化を観察する。

2.結果の概要

第一に、新型コロナが企業にとって非常に大きな不確実性ショックだったことが再確認された。2020年度に中期的な実質経済成長率(マクロ)、自社売上高(ミクロ)の期待成長率が大きく落ち込み(図1参照)、同時に将来予測の主観的不確実性が大きく高まった(図2参照)。新型コロナの感染症法上の扱いが5類に移行した2023年度にはマクロ、ミクロの不確実性はコロナ危機下にあった2020年度に比べて大きく低下したものの、新型コロナ前(2018年度)に比べると高水準にある。第二に、マクロ経済の不確実性と企業の売上高の不確実性は正の関係を持っているものの、売上高の先行きには企業固有の要因が強く影響しており、両者の動きは必ずしも一致しない。第三に、規模の大きい企業ほどマクロ経済の不確実性は低いが、自社の売上高の不確実性は企業規模と関係がない。第四に、若い企業ほど売上高の期待成長率が高いが、その主観的不確実性も高い。例えば、設立からの年数が10年若いと中期的な売上高成長率の期待値が1.7%ポイント高いが、その予測の不確実性(予測値の90%信頼区間)が±0.2%ポイント大きい。第五に、点予測値の不一致度(分散)と主観的信頼区間で見た不確実性とは動きが異なっており、将来予測の不一致度は2020年度よりも2021年度に大きく高まっている。この結果は、予測のクロスセクションでの不一致度の不確実性指標としての妥当性に否定的な見方を支持している。

3.含意

先行きの不確実性は、それ自体が企業の投資行動や家計の消費行動に対してネガティブな影響を持つことを多くの研究が示しており、いくつかの研究は、不確実性が高い時期には金融政策や財政政策の有効性が減殺されることを指摘している。有効な経済政策を行う上で、不確実性の状況を把握しておくことが望ましい。また、外生的な不確実性ショックが起きた時には、不確実性の一層の増大を避けるような対応が重要である。

図1.マクロとミクロの中期予測
図1.マクロとミクロの中期予測
(注)マクロは5年先までの実質経済成長率(年率)の予測値。ミクロは5年先までの自社売上高伸び率の予測値を年率換算。
図2.マクロとミクロの不確実性
図2.マクロとミクロの不確実性
(注)マクロの不確実性は実質経済成長率予測の主観的90%信頼区間、ミクロの不確実性は自社売上高予測の主観的90%信頼区間の平均値。数字が大きいほど企業にとっての不確実性が高いことを意味。