ノンテクニカルサマリー

1947年教育制度改革に伴う教育年数の延伸と就学率の変化

執筆者 岡庭 英重(山形大学)/井深 陽子(慶應義塾大学)/丸山 士行(曁南大学)
研究プロジェクト コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト

教育の延伸が、就労や健康などに関わる人々の行動の選択に与える影響は、ノーベル経済学賞を受賞したベッカー以降の経済学の主要な関心事の一つである。一方で、教育水準が実際にどのような影響を与えたのかを実証的に明らかにすることは、環境要因を含む多くの交絡因子の存在のために容易ではない。このような問題への対処として、外生的な変化をとらえ自然実験的な手法を利用した因果効果の推定が行われている。教育の延伸に関しては、教育環境の外生的変化として頻繁に使用される状況が教育制度改革である。海外では、このような教育制度改革による因果効果を識別した研究が蓄積されている。たとえば、死亡率等の健康指標に対する影響は、おおむね統計的に有意でないという結果が得られつつある一方、所得等の労働市場の成果に対する影響は研究によってさまざまである。日本においてこのような研究はいまだ端緒的であり、そもそも教育制度改革により実際に人々の教育年数がどの程度伸びたのかに関する客観的な把握がなされていない。

本研究は、義務教育年数が8年から9年に延伸した1947年の教育制度改革に焦点を当てた。本改革は、異なる修業年限・学校種別が併存する複線型から現行の六・三・三・四制の単線型の学校体系に改め、義務教育を1年間延伸し一定年齢で一律に受けることを定めた、1872年の学制施行以降もっとも大きな改革である。この改革の前後で中学校卒業相当(15歳)の子どもの教育年数が実際に伸びたのか、その規模がどの程度であったのか、男女差はあるのかを記述的に捉えることとした。既存の公的統計における集計データは、改革前後でこれらを一律に比較することができないことから、文部省『文部省年報』及び総務省『人口推計』を利用し、旧制及び新制の学校・学年の対応関係を照らし合わせながら集計データを作成することを試みた。

まず改革前の義務教育修了状況を精査すると、改革前から約9割の子どもが8年間の義務教育を受けていたこと、さらに多くの子どもがすでに9年間の教育を受けていたことが確認された。集計結果から、中学校卒業相当の子どもの就学率が、改革後に男子で約16%ポイント、女子で約22%ポイント上昇し、それぞれの就学率が95%程度まで上昇したことが示された。これは、改革後に実態としても義務教育9年制が確立したことを示唆している。また、1947年度改革は男女の就学率の差の縮小にも寄与した。このことから、1947年度改革は我が国の教育制度改革史上重要な転換点であるものの、義務教育期間の延伸は1年と小幅にとどまっていること、また多くの子どもが改革前からすでに9年の教育を受けていたことから、教育年数で測った場合の人的資本蓄積への影響はそれほど顕著でない可能性が示唆された。なお、この義務教育期間の延伸が、義務教育以降の追加的な教育水準にどのような影響を及ぼしたのかについては明らかでない。

表. 就学率(満15歳人口に占める新制中学3年相当の在学者数の割合、性別)
表. 就学率(満15歳人口に占める新制中学3年相当の在学者数の割合、性別)
(注)中学校3学年在学者数(A)は文部省『文部省年報』、満15歳人口(B)は総務省『人口推計』の、1943~1952(昭和18~27)年度のデータをもとに筆者作成。
(注)就学率は、新制中学3年相当(旧制学校においては計9年間の教育を受けた者、新制学校においては中学3学年に在籍する者)の満15歳の就学率である。
図. 新制中学3年相当の就学率の推移
図. 新制中学3年相当の就学率の推移
(注)文部省『文部省年報』及び総務省『人口推計』をもとに筆者作成。