ノンテクニカルサマリー

COVID-19パンデミック以降、インフレが米国株式市場に及ぼした影響

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト

2022年、米国のインフレ率は40有余年ぶりの最高値を記録した(図1を参照)。インフレはそれ以降低下しているものの、トランプ次期政権が提唱する関税、減税、その他の政策により再加速する可能性がある(Smith, 2024)。本稿では、インフレおよびインフレ抑制的金融政策が米国株式市場にどのような影響を及ぼすか、政策立案者はどのように対応すべきかについて検討する。

COVID-19パンデミック勃発後、COVID-19感染への不安、失業の増大およびその他の要因により消費が抑制された。こうしたマイナスの需要ショックによってインフレ率は低下したが、その後いくつかの要因を背景にインフレ率は上昇に転じた。2020年12月に開始された大規模な予防接種とロックダウンの緩和により消費者マインドが改善した。2021年3月にはバイデン政権により1.9兆米ドル規模の財政刺激策が採られたことで可処分所得が増加した。2021年第1四半期から個人消費支出が急増した。需要の増加はサプライチェーンのボトルネックに起因する供給制約と相まってインフレ率上昇につながった。Summers (2021)、De Soyres et al. (2022)、Di Giovanni et al (2023)などが、パンデミック後の景気刺激型の財政政策が米国のインフレ加速に主要な役割を果たしたことを示す証拠を明らかにしている。

景気回復の兆しが見えると、米連邦準備制度理事会(FRB)は2020年8月、新たな金融政策の枠組みとして「柔軟な平均インフレ目標」(FAIT)を発表した。FAITは、インフレ率が目標の2%を上回った場合よりも2%を下回った場合にFRBはより積極的に対応することを示唆している。この新しい枠組みはまた、FRBが労働市場の需要超過よりも労働力不足に対して、より積極的に対応することも意味する。

本稿では、投資家がインフレ期待を資産価格に織り込んだのはいつか、また、財政政策に関するニュースはインフレ期待に影響を与えたのかどうかを調査した。調査の結果、投資家によってインフレリスクのある資産の価格下落がもたらされ始めたのは、消費者物価指数(CPI)上昇率が4%を超えた2021年4月以降であったことが明らかになった。ワクチン接種の普及に伴い人々の移動が増加し、2021年第1四半期の景気刺激策により消費支出が急増したものの、投資家はインフレリスクに対して変わらず楽観的だった。その後インフレ率が上昇すると、投資家は数ヶ月間でインフレリスク資産の価格低迷をもたらした。日次ニュースの財政関連イベントを用いた調査結果によれば、景気刺激策のニュースに対するインフレ期待の反応は弱いものだった。

また調査結果では、CPI上昇率が7%に近づく2021年11月まで、FRBが金融引き締めに動くとはほとんど予想されていなかったことも明らかとなった。市場はその後2021年11月、2022年1月、4月、5月、6月に金融引き締めを織り込んだ。その証拠として、インフレの影響を受ける銘柄はこの期間に月平均9.2%下落した。これ以降、金融政策に対する予想の変化が株価に大きな変動をもたらした。

1970年代から1980年代に現役であった投資家や政策立案者は、インフレとインフレ抑制的金融政策がもたらし得る惨状を記憶しているが、現在現役の投資家や政策立案者の大半は、数十年にわたる安定したインフレの下で無頓着になっていた。投資家は、景気刺激策や消費者支出の急増などインフレ高騰要因のニュースに反応することはなかった。FRBもまた、インフレ抑制策を採らないまま、インフレ率が数十年来の高水準に達して初めて、Eggertsson and Kohn. (2023)が異例の金融引き締めと呼ぶ策を採ってようやく対応に出た。この引き締めは、まず株式市場の損失を増大させ、次に不確実性とボラティリティを大きく高めた。FRBは、インフレを軽視する不均衡な枠組みを導入するのではなく、インフレの初期段階と労働力不足の両方に対応すべきである。トランプ次期政権が財政政策の緩和、関税引き上げ、不法移民の本国送還、その他インフレ上昇を招く可能性のある政策を採用する中、こうした対応が一層重要となる。

図1. 米消費者物価指数インフレ率
図1. 米消費者物価指数インフレ率
出典:米国労働統計局
参考文献
  • De Soyres, F., A.M. Santacreu, and H. Young (2022). “Fiscal Policy and Excess Inflation during Covid-19: A Cross-country View.” FEDS Notes No. 2022-07-15-1, Board of Governors of the Federal Reserve System.
  • di Giovanni, J., S. Kalemli-Özcan, A. Silva, and M. Yıldırım. (2023). “Quantifying the Inflationary Impact of Fiscal Stimulus under Supply Constraints.” AEA Papers and Proceedings 113, 76–80.
  • Eggertsson, G.,and D. Kohn. (2023). “The Inflation Surge of the 2020s: The Role of Monetary Policy.” Presentation at Hutchins Center, Brookings Institution, 23 May. Available at: https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2023/04/Eggertsson-Kohn-conference-draft_5.23.23.pdf
  • Smith, I. (2024). “Inflation Worries Seep Back into US Bond Market.” Financial Times, 9 November.
  • Summers, L. (2021). “The Biden Stimulus is Admirably Ambitious. But It Brings Some Big Risks, Too.” Washington Post, 4 February.