ノンテクニカルサマリー

米国の輸出管理とグローバル・バリュー・チェーンの再編:在中国日系企業の退出に関する分析

執筆者 イヴァン・デセアテニコフ(国立研究大学 高等経済学院(HSE))/深尾 京司(理事長)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

米中間の経済対立により、技術集約的な産業を中心に世界の貿易と直接投資は大きく変容しつつある。米国は2018年以降、中国が米国の技術を利用することを制限するため、電子・通信・半導体を中心に輸出管理を強化した。本論文では、米国の輸出管理強化が中国における調達を困難にすることを通じて、在中国日系企業の退出に与えた影響を調べる。

輸出管理規則(Export Administration Regulations, EAR)を通じた米国商務省による輸出管理は、安全保障と対外政策の観点から、指定された財や技術の輸出を制限している。米国の外国直接産品ルール(Foreign Direct Product Rule)により、これらの規制は米国の技術や部品を利用して生産された米国以外の国の製品にも適用される。米国は、先端半導体のような重要な技術に絞って輸出管理を行うことにより、世界貿易を大きく減らすことなく中国の技術発展を阻害することを目指していると考えられる。

先行研究によれば(例えば、Hayakawa他 2023、Deseatnicov他 2024参照)、輸出管理対象となった財の貿易が有意に減ったとの結果は得られていない。しかしこれは、米国の輸出管理が極めて限定された財を対象としているため、最も詳細な品目分類(米国のHS10桁や日本のHS9桁など)に基づく貿易統計でも、分類が粗すぎて影響が計測できていないのかもしれない。貿易管理の強化が、在中国日系企業にとって先端的な基幹部品や技術の入手を困難にしているとすれば、その影響は貿易統計よりもむしろ、在中国日系企業の退出行動によって観察できる可能性がある。

図1は2010−2021年について、製造業を営む日系現地法人の総数のうち退出した法人の割合を、立地地域別に比較している。

中国においては、2010年代半ば以降日系企業の退出率が他地域より高く、また2020年以降退出率が更に上昇している。この原因として、中国企業との競争の激化やCOVID-19の影響に加えて、米国による貿易管理強化によって中国での生産が困難になった可能性が指摘できる。

図1.退出した現地法人の割合:製造業、2010-2021年
図1.退出した現地法人の割合:製造業、2010-2021年
注:製造業を営む日系現地法人の総数のうち退出した法人の割合を、立地地域別に比較している。
出所:経済産業省『海外事業活動基本調査』のデータに基づき、著者らが算出した。

米国による貿易管理強化が、中国での生産コストに与えた影響を推計するため、本論文では米国HS10桁品目別に「多様性指数」を作成した。この指数は、米国の連邦官報に記載された輸出管理の記録1件毎に、対象品目を米国HS10桁分類に対応させ、規制の強化の累積件数をHS10桁品目別に算出して作成した。なお規制が緩和された記録の場合は、累積件数を1件減らした。この指数は2020年以降、電子、通信、光学機器を中心に急上昇した。

本論文では、企業は製品差別化された多様な財を中間投入していると想定し、米国の貿易管理強化が中間投入の多様性を減らすことを通じて生産コストを上昇させるメカニズムを理論モデルで示した。また、各国・各産業における生産コスト上昇がサプライチェーンを通じて、各国・各産業の生産コストに与える影響を、国際産業連関表と中国に関する詳細な産業別の産業連関表を用いて推計した。この指標を「輸出管理指数」と呼ぶ。図2は、2021年の中国における産業別「輸出管理指数」を示している。この図は、米国の輸出管理強化が、先端技術に依存する産業を中心に、外資系企業にとって生産拠点としての中国の魅力を低下させた可能性を示唆している。

図2.中国における産業別「輸出管理指数」
図2.中国における産業別「輸出管理指数」
注:「多様性指数」を貿易額ウェイトで集計し、サプライチェーンを通じた間接効果まで考慮して作成した。「輸出管理指数」が高い産業ほど、米国の貿易管理強化によって中国当該産業の生産コストがより高くなったことを示している。「輸出管理指数」が最も高い産業は、高い順に1702電子計算機と関連機器製造、1701通信機器と関連機器製造、1603電子部品製造であった。なお、番号は海外事業活動調査の業種分類を表す。

次に我々は、世界各国各産業における日系現地法人の退出に関する確率モデルを推計し、米国輸出管理の強化が退出確率に与えた影響を調べた。推計にあたっては、各国の賃金率や全要素生産性の動向、当該法人の規模や社齢等をコントロールした。推計により、「輸出管理指数」が1標準偏差上昇すると、日系現地法人の退出確率が最大2.52パーセントポイント上昇するとの結果を得た。推計された影響は、特に中国の通信・電子機器製造業において大きかった。この結果は、米国の貿易管理強化が中間投入コスト上昇を通じて日系多国籍企業の退出に影響した可能性や、特定の品目や技術に狙いを定めた貿易管理強化が、サプライチェーンを通じて中国及び世界に波及し、また多国籍企業の対応を通じてサプライチェーン自体を変化させた可能性を示唆している。

本論文の研究結果によれば、米国の貿易管理強化の影響を分析する際に、貿易の変化だけでなく直接投資の変化についても注視する必要があると言えよう。

参考文献