執筆者 | 武田 史郎(京都産業大学)/東田 啓作(関西学院大学)/蓬田 守弘(上智大学) |
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研究プロジェクト | 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VI期) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VI期)」プロジェクト
米中貿易戦争やロシアへの経済制裁など、世界経済の分断が懸念されている。東アジアでも2010年には中国によるレアアースの輸出規制、2019年には日本の韓国に対する半導体製造原料の輸出規制、2023年には電気自動車用リチウムイオン電池の材料である黒鉛の中国による輸出規制強化など、貿易を制限する措置が実施されており、そうした動きに対する懸念が高まっている。
東アジアの主要国である日本と中国の間で貿易が制限された場合、それぞれの経済にどのような影響があるのか。本研究では、静学的な応用一般均衡モデルを用いて、日本と中国による両国間の貿易への制限措置が、両国のGDPや経済厚生に及ぼす影響を定量的に評価した。また、日中間の貿易への影響に加え、他国との貿易への影響も検討した。貿易制限の手段として輸出と輸入の数量制限措置を用いて、長期(国産財と輸入財の代替が容易であるケース)と短期(国産財と輸入財の代替が容易でないケース)の影響について評価を行った。
個別産業を対象とする貿易制限のシナリオとして、コンピューター・電子機器産業に対する日中各国の輸出数量制限措置を考え、その影響について検討した。コンピューター・電子機器産業は、日中貿易の重要な構成要素である。日本から中国への輸出額、日本の中国からの輸入額のそれぞれにおいて、コンピューター・電子機器産業は約30%を占めている(2017年基準のGlobal Trade Analysis Project (GTAP) 11データベースによる)。また、コンピューター・電子機器産業に分類される半導体は、日本政府が安定供給の確保に向けた取り組みを行っている特定重要物資でもある。冒頭でも触れたとおり、近年、東アジアでは輸出規制に対する懸念が高まっていることから、輸入ではなく輸出を制限する措置の影響について検討を行った。
日本と中国のどちらか一方の国が輸出を制限した場合、短期的には交易条件の改善を通して輸出制限措置を実施した国は経済厚生を高めることができるが、輸出数量を同じ率で制限した場合、日本では中国よりも経済厚生の上昇率が低いことがわかった。また、中国では日本への輸出の制限によって短期的に僅かながらGDPが増加することもあるが、日本では中国への輸出の制限によってGDPは常に減少することがわかった。輸出を制限することで、日本はなぜ中国よりも大きなGDPの損失を被る場合や、より少ない経済厚生の改善しか得られないことがあるのか。その理由は、コンピューター・電子機器産業における両国間の貿易依存の違いにあると考えられる。表1と2は、コンピューター・電子機器産業における日中各国の国内生産の地域別輸出割合を示している。日本にとって中国はコンピューター・電子機器産業における最大の輸出相手国であり、国内生産の22.2%が中国向け輸出であるが、中国にとって日本は第3位の輸出相手国であり国内生産のうちわずか6.8%しか日本へ輸出していない。中国市場への輸出依存が相対的に大きいことから、日本の輸出制限措置が自国のGDPや経済厚生により大きな負の影響を及ぼすと考えられる。
貿易相手国によって輸出制限措置が実施された場合のGDPや経済厚生の影響では、日本と中国の間でどのような違いがあるだろうか。どちらの国でも、貿易相手国が自国への輸出を制限することで自国のGDPや経済厚生は減少するが、同じ率での輸出数量制限で比較した場合、日本が中国の輸出制限措置によって被るGDPや経済厚生の減少率は、中国が日本のそれによって被るGDPや経済厚生の減少率を上回る。その理由は、両国間の輸入依存の違いにあると考えられる。表3と4は日中のコンピューター・電子機器産業における各国の国内需要の地域別輸入割合を示している。中国は日本にとって最大の輸入相手国であり、日本は国内需要のうち21.4%を中国からの輸入に依存しているが、日本は中国にとって第4位の輸入相手国であり日本からの輸入は中国の国内需要の8.9%でしかない。日本の中国への輸入依存が中国のそれに比べて高いことが、貿易相手国が輸出を制限した場合に、日本のGDPや経済厚生が中国に比べてより大きな減少率を示すことの要因だと考えられる。
輸出制限措置の貿易への影響については、中国が日本への輸出を制限した場合、日本では制限の対象となった産業における輸入割合が比較的高い国だけでなく、低い国からも高い率で輸入が増えることがわかった。この結果は、特定の国からの輸入に大きく依存している産業では、日本が現在の輸入割合の高い国だけでなく、低い国にも調達先を分散しておくことが重要であることを示唆する。