執筆者 | 河端 発龍(慶應義塾大学)/千賀 達朗(研究員(特任)) |
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研究プロジェクト | 企業行動とマクロ経済 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業行動とマクロ経済」プロジェクト
マクロ経済学は本質的に動学的な性質を持ち、企業や家計が将来を見通して現在の意思決定を行うという特徴がある。従来のマクロ経済学研究では、完全情報や合理的期待の枠組みが主流であったが、情報や不確実性の概念は理論的には研究が進んでいるものの、データの制約から実証研究は困難を極めてきた。本論文は、近年注目を集めている情報と経済主体の期待形成に関する実証研究の流れに沿って、企業の業績予想という文脈で市場アナリストの予測を分析している。
市場のアナリストの業績予想には常にばらつきが存在し、ある企業について強気の業績予想もあれば弱気の予想も存在する。このような予測の不一致(Disagreement)をどのように解釈すべきかという問いが生じる。企業の業績のボラティリティ、業績の見通しにくさという意味での不確実性、あるいはアナリストが情報を得にくい環境(不完全情報の度合い)が、予測の不一致につながる可能性がある。この問いは、直接的に不確実性を計測することが難しい状況下で、どの代理指数を使用することが望ましいのか(株価のボラティリティ、株式オプション価格、テキストベースの不確実性指数など)という課題に取り組む研究者や政策担当者の要請に応える中で生まれている研究である。本論文は、IBESデータを用いて予測の不一致を計測し、それが他の指標(例えば予測誤差や政策不確実性)とどのような関係にあるかを実証的に確認する。特にEPS(1株当たり利益)に焦点を当てて観察事実を整理し、不完全情報モデルを通じて考察を行っている。
本研究の主な発見は多岐にわたる。予測分散と予測誤差には正の相関があり、アナリスト間の不一致が大きいほど予測誤差が大きくなることが明らかになった。また、予測分散は、より多くのアナリストが予測する大企業において小さくなる傾向が見られた。簡単な理論的フレームワークを通して考えると、予測の不一致を生み出す情報の異質性、それらの元になる私的情報の情報確度が多くのアナリストによる予測が市場に出回れば出回るほど高くなるという解釈ができ、それゆえに情報の不一致を不確実性の代理指標として使用することをサポートすると議論している。なお、予測分散と予測誤差に基づいて作成された時系列指数は、経済政策不確実性指数(EPU)など、他の一般的な不確実性指標と相関していることが明らかになった。この時系列指数には、不確実性を生む特定の事象と関連していると思われるスパイクが観察され、その移動平均は中期的な不確実性のレベルを測るための有用な情報となることが示された。これらの指標はすべて景気循環に対して逆行的な動きを示し、鉱工業生産指数や日経株価指数と負の相関を持つことが確認された。これらの発見は、アナリストの予測行動や企業の情報環境が、マクロ経済の不確実性やその変動と密接に関連していることを示唆しており、マクロ経済学における情報と期待形成の重要性を実証的に裏付けるものとなっている。
