ノンテクニカルサマリー

中国の輸出行動は伝統的モデルと支配的通貨パラダイムのどちらで説明できるのか

執筆者 Willem THORBECKE(上席研究員)/CHEN Chen(Fuzhou University of International Studies and Trade)/Nimesh SALIKE(Xi’an Jiaotong-Liverpool University)
研究プロジェクト Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト

2024年、米ドルに対する中国の為替レートは、2008年以来最低の水準に近い。同時に、中国からの輸出の増加は、米国、欧州連合、その他の貿易相手国で保護主義的圧力を生み出している。人民元安は中国の輸出を刺激するのか。

伝統的モデルでは、輸出国の通貨が輸入国の通貨に対して下落すると、輸入国通貨での輸入品価格を引き下げる可能性があるとしている。その結果、輸入国への輸入量が増加する可能性がある。

IMF(2019)は最近、このような伝統的モデルに異議を唱えた。米国を含まない二国間で取引している場合でも、貿易において米ドル建ての請求が支配的な役割を果たしていると指摘した。米国を含まない二国間で米ドル建て請求される貿易の場合、輸入国の通貨に対する輸出国の通貨の減価は、輸入国の米ドル建て購買力を高めず、輸入国の輸入力を今以上には高めない。一方、輸入国の通貨が米ドルに対して上昇した場合、輸入国の輸入購買力が高まる。このアプローチは支配的通貨価格設定(dominant currency pricing(DCP))フレームワークと呼ばれる。

中国の輸出は多くの場合、特に2012年以前には、米ドル建てで請求されていた。IMF(2019)は、2001年から2015年までの間、平均で、中国の輸出の90%以上が米ドル建て請求されたと報告している。Georgiadis et al.や他の研究者は、2011年以降、人民元建て請求される中国の輸出の割合が増加したと報告している。

複数の研究者がDCPフレームワークを支持する証拠を報告している。例えば、Boz et al.(2022)は、1990年から2019年までの2,847の取引について、為替レートが貿易量に与える影響を調査した。輸出入国間の二国間名目為替レートと統制変数のみを含めた場合には、1%の減価は輸出量を0.1%押し上げると報告している。回帰分析に輸入国の対米ドル名目為替レートも含めた場合、二国間為替レートの係数はある定式化では0.04%に下がり、別の定式化では統計的に有意ではなくなる。一方、輸入国の通貨が対米ドルで1%上昇すると、今度は輸入量が0.2%-0.5%増加する。

本稿では、中国の輸出量に関して、伝統的モデルとDCPフレームワークのどちらの説明力がより高いかを探る。中国政府が貿易のインボイスデータを提供していないため、DCPモデルを検討したこれまでのほとんどの研究に中国が含まれていない。図1は、2007年以降、中国が世界最大の輸出国となったことを示している。2021年と2022年の中国の輸出量は、米国とドイツという中国に続く二大輸出国の輸出量の合計に等しい。したがって、DCPパラダイムが中国の輸出に関して高い説明力を有するかどうかを調査することは重要である。

分析結果では、1995年から2018年にかけて、中国の輸出を説明する上で、中国と輸入国の間の二国間人民元実質為替レートと輸入国に対する米ドル為替レートの両方が重要であることが示された。しかし、サンプルの期間を米ドル建て請求の輸出が一般的であった1995-2011年に限定した場合、二国間為替レートの説明力は維持されるが、輸入国に対する米ドル為替レートは無関係となる。これらの結果は、DCPモデルの予測と矛盾するものである。

また、コンピューター、靴、セーターといった中国の輸出品の個別カテゴリーも検討した。分析結果では、やはりDCPフレームワークが支持されなかった。

これらの結果をどのように理解すればよいか。1995年から2011年まで、中国の輸出業者は深刻な信用制約に直面していた(Manova and Yu, 2017 を参照)。人民元収入の増加は、こうした制約を緩和する。人民元が輸入国に対して減価すると、輸入企業は自国通貨建ての収入を減らすことなくより多くの人民元を支払うことが可能となる。資金が不足していた中国の輸出企業は、貿易から得られるこうした利得を利用できるよう、輸出品のドル価格を十分な頻度で変えていたのだろうか。

また、他の国とは異なり、異なる通貨建てで請求される中国の輸出の割合に関する政府データがない。ドル建て請求された輸出の割合が、他の情報源で示唆されるものよりも低かったということなのだろうか。

別の可能性として、この分析結果には、サンプル期間の初期において中国の輸出における多国籍企業の広い影響力が反映されている可能性がある。Ito et al.(2018)が述べたように、多くの多国籍企業はグローバル本社で為替リスクを管理していた。これにより、多国籍企業は時期や国によって異なる請求通貨を柔軟に選択することができた。多国籍企業の請求慣行によって、サンプル期間の初期において二国間為替レートの影響力が生じたのだろうか。今後の研究では、中国の輸出において輸入国の通貨に対する米ドル為替レートではなく二国間為替レートの重要度がこれほどまでに高い理由を信用制約、多国籍企業の役割、その他の要因で説明することができるかどうかを検討する必要がある。

図1 主要輸出国の世界輸出シェア
図1 主要輸出国の世界輸出シェア
出典:世界銀行「世界開発指標」
参考文献
  • Boz, E., Casas, C., Georgiadis, G., Gopinath, G., Le Mezo, H., Mehl, A., Nguyen, T. 2022. Patterns of Invoicing Currency in Global Trade: New Evidence. Journal of International Economics 136, 103604.
  • Georgiadis G., Le Mezo, H., Mehl, A., Tille, C. 2021. Fundamentals vs. Policies: Can the US Dollar’s Dominance in Global Trade be Dented? ECB Working Paper Series No 2574. European Central Bank, Frankfort.
  • IMF. 2019. External Sector Report: The Dynamics of External Adjustment, Chapter 2. International Monetary Fund, Washington DC.
  • Ito, T., Koibuchi, S., Sato, K., Shimizu, J. 2018. Managing Currency Risk: How Japanese Firms Choose Invoicing Currency. Edward Elgar Publishers, Cheltenham, UK.
  • Manova, K,, and Yu, Z., 2017. Multi-product Firms and Product Quality. Journal of International Economic 109, 116-137.