執筆者 | 白 郁婷(湖南大学)/丸山 士行(曁南大学)/王 思(湖南大学) |
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研究プロジェクト | コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト
高齢期の認知機能は、人口高齢化が進む中、ますます重要な懸念事項となってきている。本研究は中国の農村地域における子供の数が高齢女性の認知機能にどのように影響するかを精査する。中国では高齢期の社会保障・社会福祉が成熟途上のため、従来、高齢期の様々な支援を子供に依存してきた。他方で既存研究は子供の数が多くなるほど、親には経済面健康面での様々な負担がかかることも指摘されてきた。我々の理論分析の結果、子供の数が高齢期の認知機能に及ぼす影響は、子供の数とともに非線形に変化しうることが示唆された。
本研究ではデータソースとしてCHRLS (China Health and Retirement Longitudinal Study)を用いた。本研究では1921年から1958年に生まれた中国農村地域の漢族の女性を対象とし、子供の数と3種類の認知機能の指標(エピソード記憶、精神的健全性、図形認知)の関係性を分析した。子供の数は家族の意向や社会経済的な状況に左右されるため、子供の数と認知機能の観察値をそのまま記述するだけでは、子供の数の因果効果は判断できない。因果効果の推計には、中国の家族計画政策の展開タイミングの外生的変動を利用して、操作変数法を用いた。
データ分析の結果、理論分析が示唆するとおり、子供の数に関して非線形の因果効果が推計された。下の表にあるとおり、操作変数法を用いず線形重回帰分析を行った場合には統計的に有意な効果は検出されない。内生性に対処するための操作変数を用いず、かつ、非線形性を許す定式化で推計することで子供の数が高齢期認知機能に及ぼす因果効果の全体像が適切に把握できる(下の表におけるNonparametric IV及びQuadratic IV)。
より具体的には、母親が4人以上の子供を持つ場合にさらに子供を持つことは、高齢期の認知機能のさまざまな指標に悪影響を与えるが、子供数が少ない女性においては複数の認知機能(エピソード記憶及び精神的健全性)に対して正の効果が存在することが示された。子供の数が高齢期認知機能に及ぼす因果効果は、子供の数に関して凸形の異質性が存在すると結論できる。この非線形性の理由として、子供の数が増えるにつれ、子供との生活上の交流の増加が期待できる反面、認知機能の衰えに繋がる慢性疾患のリスクが高まることが示唆された。メカニズムとしての経済的支援については有意な結果は検出されなかった。
現在の世界の平均出生率が2.3であることを鑑みると、少子化の進展は高齢者の認知低下を遅らせるのではなく、加速させることを示唆している。子供の数が少ないときには、経済的支援よりも子供との社会的交流が認知機能維持に大きく寄与するという結果は、本研究から得られる示唆が途上国だけでなく先進国にもあてはまることを示唆している。