執筆者 | 菊池 信之介(MIT) |
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研究プロジェクト | マクロ経済と自動化 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「マクロ経済と自動化」プロジェクト
本研究では、1980年以降の日本において、自動化とオフショアリングによるタスクの代替が賃金格差に与える影響を考察する。主要なデータは、賃金構造基本統計調査の個票であり、25歳から64歳の、フルタイム労働者に絞って分析を行う。
まず、日本の賃金格差の時系列トレンドを確認する。賃金分散やジニ係数を時系列に観察すれば、1990年代半ばから2010年ごろまでの緩やかな増加トレンドを挟みつつも、1980年から2019年の約40年間では低下傾向にあることが分かった。このトレンドは、年齢、性別、教育水準(大卒かどうか)、勤務先の所在する都道府県といった、労働者の特徴がもたらす影響を取り除いても同様であり、先行研究とも整合的である。特にこの格差の減少は女性労働者においてより明らかである。
次に、異なる労働者グループ間における賃金格差の時系列トレンドを確認する。図1は、年齢、都道府県、勤続年数の影響を取り除いた、性別と教育水準ごとの賃金の対数値を、1980年の値を1に基準化して示したものである。具体的には、各性別・教育水準のグループごとに、各労働者の対数賃金を、年齢、年齢の二乗項、勤続年数、勤続年数の二乗項、都道府県ダミーに回帰し、それらで説明できない残差を、各性別・教育水準のグループごとに平均して値を年ごとに計算して、1980年の値を1に基準化したものである。
結果は、1980年時点では最も平均賃金の高い大卒男性では、40年間で賃金増加率は5%程度に留まっていたものの、非大卒男性では13%程度、大卒女性では20%程度、非大卒女性では28%程度の賃金増加率が観察され、当初は賃金の低い労働者グループの賃金がより上昇することで、グループ間の賃金格差が縮小していることが分かった。
そこで、その背景を探るために、まず、年齢と都道府県という要素を追加して、年齢、性別、大卒かどうか、勤務先の所在する都道府県といった、観察可能な特徴で分類された、1504の労働者グループを定義する。次に、それら労働者グループごとに、自動化とオフショアリングがもたらすタスク代替に対する曝露度(それぞれのグループが行なっているタスクがどの程度代替される可能性があるか)を計算した。最後に、その曝露度が賃金変化をどの程度説明できるかを分析する。実証分析の結果は以下の通りである。
第一に、自動化によるタスクの代替は、グループ間の賃金格差を拡大させないことを発見した。これは、AcemogluとRestrepoの研究のように、自動化が賃金格差の主要因であるという、米国における実証結果と対照的である。
第二に、オフショアリングによるタスクの代替は、1990年代半ば以降特に、当初は賃金の低い労働者グループの賃金を高めることで、賃金格差を縮小させることを発見した。
第三に、オフショアリングは、当初は賃金の低い労働者グループが働く産業に集中し、それらのグループの賃金をより増加させた。その背景に、月収の増加や月労働時間の減少が見られるほかオフショアされやすい職業からの職種転換が見られると同時に、それらのグループの雇用率低下も観察された。そのため、グループ間の賃金格差が縮小した一方で、グループ内では、円滑な職種転換が可能な労働者とそうでない労働者の間での格差拡大も示唆される。この点については、長期的に同一の労働者を追跡するようなパネルデータを用いた分析が有用であると考えられる。
ますます労働力不足が深刻化する中においても、日本ロボット工業会のデータによると、わが国の国内向けロボット出荷台数は、通常の資本と同様1990年代半ばをピークに低迷しており、低成長の要因とも指摘されることが多い。今後、より大胆な自動化・オフショアリングを進めたとしても、上記の結果によれば、米国で叫ばれるような格差拡大が観察されるとは予想しづらい。しかしながら、自動化・オフショアリングを促進することで、労働需要の変化も生じることが予想される。急激な労働需要の変化に対して、円滑な職種転換への適切なサポート(例えばリスキリングに対する支援)や、職種転換が容易でない労働者層に対するセーフティネットの拡充を政策的に検討することも有用になり得る。