ノンテクニカルサマリー

知識労働のマネジメント

執筆者 ウーター・ドゥセイン(コロンビア大学)/デズモンド(ホー・フー)ロー(サンタクララ大学)/上官 若(曁南大学)/大湾 秀雄(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と経営の質
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と経営の質」プロジェクト

本研究では、建築設計も手がける日本の大手ビジネスサービス会社から提供されたデータに基づき、知識集約型労働におけるマネジメントの役割を探る。先行研究では、部下を持つ中間管理職の役割として、モニタリングや部下のやる気を高めるインセンティブ付けが注目を集めてきたが、創造性や問題解決が重視される非定常業務に就く知識労働者の場合、チーム内あるいはステークホルダーとの間のコーディネーションが管理職の仕事としてより重要性を持つ。そうした知識集約型業務では、いつ、どのように管理職が自分の時間を割り振るかという点が、職場の生産性を左右する。それを定量的に測るのが本研究の目的である。

本研究では、プロジェクトにおけるマネジャーの役割は、主に①ステークホルダー間の調整やチームへのタスクの割り当てと権限移譲等を含む事前コーディネーションと、②プロジェクトの展開中に発生するプロジェクトの遅れや設計ミスの発生など事後の問題に対処する事後コーディネーション、の2つから構成されると仮定する。実際、図1の最初の3つの図に示されるように、プロジェクトの進行は、まずプロジェクトマネジャーの労働投入(事前コーディネーション)があり、それに続いてチームの時間投入量が増える。事前調整の重要性は、計画・開発管理・意匠設計といった知識集約度が高いプロジェクトほど、あるいは新規顧客や遠方のプロジェクトといった情報摩擦の高いプロジェクトほど高く、マネジャーの初期投入時間が多い。また、マネジャーが抱えるプロジェクトが多く事前調整の時間を十分に増やせない場合、チームに属するリーダー格(将来のマネジャー候補)が事前調整の役割の一部を担う形で補うこともわかった。

図1 プロジェクトの経過と労働投入量
図1 プロジェクトの経過と労働投入量

最後に、マネジャーの実際の時間投入パターンが、類似のプロジェクトで通常投入される予測投入量から乖離したプロジェクトでは、事後的にチームの労働時間が長くなり、全体的な収益性が低下する(図2参照)。つまり、マネジャーが事前調整に十分な時間をかけないと、事後的に遅れや設計ミスなど様々な問題が発生し、それを解決するためにより多くの時間や追加メンバーを割り当てる必要が出てくる。逆に、マネジャーが細部にこだわるなど業務に介入し過ぎると、部下は自由度を失い最適な時間投入を図れなくなってしまう。追加分析の結果、こうした点が因果関係であることも確認された

本研究は、知識労働者を組織化する際の適切なコーディネーションと部下への計画的な業務委任の重要性を浮き彫りにしている。また、ICTやAIの活用による非定常業務やチーム業務の増加や業務そのものの高度化は、今後管理職に求められる役割が変化していくことを示唆しており、日本企業に対して、中間管理職の選抜と育成の方法を見直していくことを求めることになろう。

図2 労働投入量の予測値からの乖離とコスト予測値
図2 労働投入量の予測値からの乖離とコスト予測値