執筆者 | 神事 直人(ファカルティフェロー)/小澤 駿弥(京都大学) |
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研究プロジェクト | 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VI期) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VI期)」プロジェクト
2010年代後半から、米国と中国は政治上・安全保障上の懸念から国際的なサプライチェーンを分断する「デカップリング」の動きを取り始めた。デカップリングの影響は米中のみならず、他の国にも及んでいる。デカップリングは様々な側面で進行しているが、特に争点となる問題として、外国企業への先端技術の漏洩を防ぐために、両国が国内の技術資産を保護するようになったことが挙げられる。例えば、米国では軍民両用技術の輸出規制を目的として、2018年に輸出管理改革法(ECRA)が成立した。ECRAは人工知能や量子情報技術といったハイテク技術の輸出を主な規制対象としている。中国も同様の法律として対外貿易法と輸出管理法を制定した。さらには、中国では「サイバーセキュリティ法」や「データセキュリティ法」をはじめとする法律によって、厳格な技術保護政策が進められている。
そのような状況を踏まえて、本研究では、米中間の技術デカップリングや両国における技術保護政策が、米国、中国、およびその他の国において、輸出管理法の対象となっている産業の貿易や国際技術移転、および経済厚生にどのような影響を与えるかについて定量的に分析した。分析にあたり、Anderson et al. (2019)の定量的動学貿易一般均衡モデルをもとにモデルを構築した。彼らのモデルは、物的資本と技術資本の蓄積が入った動学的一般均衡モデルにおいて、技術や知的財産の移転を伴う海外直接投資(FDI)を考慮しており、国際技術移転の制限に関する分析に応用することができる。本研究は彼らのモデルを拡張し、生産部門を中間財部門と最終財部門に分けた。そのうち、中間財部門は技術資本を用いて生産を行う生産部門であり、技術デカップリングや技術保護政策が主な対象とする産業を想定している。技術デカップリングが進展する以前の2016年の89ヵ国のデータに基づいてモデルの主要なパラメータを推計し、その後にいくつかのシナリオで反実仮想分析を行い、米中間の貿易と技術移転の制限、中国の技術保護政策、および米中両国の輸出管理法の影響を定量的に検証した。政策の影響は主に定常状態の均衡の比較によって行っている。
反実仮想分析の結果、米中二国間でのデカップリングやデカップリングに関連する政策によって貿易と技術移転の両方が制限される場合、米国、中国、および世界全体の経済厚生が悪化することが示された。さらに、中国の技術保護政策は、中国から多くの技術移転を受け入れている国だけでなく、生産において技術資本に強く依存している国にも大きな影響を与えることが明らかとなった。また、米国や中国からの輸入額のシェアが高い国ほど、両国の輸出管理政策によってターゲットとなる中間財の輸入額が大幅に減少する。しかし、輸入の減少分の一部は国内生産で補うことが可能であるため、両国の輸出管理政策によって必ずしも第三国の経済厚生が悪化するとは限らないことも分かった。
では、米中間の技術デカップリングは日本にどのような影響を与えるだろうか。日本に関する反実仮想分析の結果をまとめたのが表1である。1~3行目は、米中間でのみ制限が行われるシナリオの分析であり、そのうち1行目は技術移転の制限、2行目は貿易制限、3行目技術移転と貿易の両方の制限を行った場合を見ている。4~7行目は米国と中国が全世界向けに制限を行うシナリオの分析であり、4行目は中国による技術制限、5行目は中国による輸出制限、6行目は米国による輸出制限、7行目は4~6のすべての政策が実施された場合である(注1)。他方、(1)列目から(7)列目は、それぞれ日本の経済厚生、対象産業の日本の輸入・輸出、日本の対内FDI、対外FDI、日本国内における最終財と中間財の生産が各シナリオの分析でどのように変化するのかを示している。数字は、何も制限が行われないベースラインの定常状態の均衡における各変数と比較して、制限が行われた場合の定常状態の均衡において、当該変数が何%変化するのかを表す。
まず、米中間でのみ技術移転、貿易、またはその両方が制限された場合(1, 2, 3行目)、日本の経済厚生は僅かではあるが改善する。その要因としては、米中間で技術移転や貿易が制限されることで、日本の中間財の輸出と日本へのFDIが増加し、国内での中間財の生産が増加することが挙げられる。また、中国の技術保護政策により中国からの技術移転が制限される(4行目)と、日本の経済厚生は低下するが、厚生損失の程度は-0.16%と小さい。これは、日本の対内FDIに占める中国の割合が相対的に小さいことと、日本の中間財生産における技術資本集約度が他国と比べて相対的にあまり大きくないことが影響していると考えられる。さらに、中国の輸出管理法によって中国からの輸出が制限される(5行目)と、対象産業の輸入総額は-16.6%と大きく減少する。これは中国からの輸入シェアが大きいためである。しかし、中間財の国内生産の増加によって輸入の減少分を補うことができるため、経済厚生は逆に改善するという結果になった。米国の輸出管理法の影響も定性的には同様であり、影響の程度は中国の場合よりも小さい。最後に、中国の技術保護政策と中米両国の輸出管理法の影響を合計すると、対象産業の輸入は大きく落ち込み(-29.5%)、対外FDIも減少する(-6.1%)。しかし、対象産業の輸出と対内FDIは逆に増加(輸出は14.3%、対内FDIは3.97%)し、経済厚生もわずかに改善する(0.07%)。この結果は、米中の輸出規制による中間財の国内生産の増加を通じた厚生の改善が、中国による技術移転の制限による厚生損失を上回ることを意味している。
以上のように、米中の技術デカップリングに対して、日本は規制の対象となる中間財の国内生産や投資の調整を適正に行うことによって、デカップリングの負の影響に対処することできて、少なくとも定常状態においては、必ずしも損失を被るとは限らないことが分かった。しかし、本研究では分析の対象としていない途中の移行期では一定の損失を受ける可能性があることに加えて、本研究では想定していないような経路による負の影響もありうる。そのため、米中技術デカップリングによる影響については、デカップリングの今後の進展を注視して、さらに分析を行っていくことが求められる。
- 脚注
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- ^ 技術移転制限が行われると、制限の対象国から中国または米国の技術へのアクセスが80%低下し、輸出制限が行われると、対象産業の中間財の輸出にかかる貿易費用が20%増加するという想定で分析を行った。
- 参考文献
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- Anderson, J. E., Larch, M., and Yotov, Y. V. 2019. Trade and investment in the global economy: a multi-country dynamic analysis. European Economic Review 120: 103311.