ノンテクニカルサマリー

部下管理スキル、シニア・リーダーシップスキルとピーターの法則

執筆者 明日山 陽子(日本貿易振興機構 アジア経済研究所)/大湾 秀雄(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と経営の質
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と経営の質」プロジェクト

日本企業の成長スピードの鈍化や社員の高齢化を背景に、社員の多くが中間管理職(マネジャー)に昇進できる時代ではもはやない。一方、従業員の多様化や働き方改革の進展などによって、部下の管理・育成にマネジャーが果たす役割が増大するなど、マネジャーの重要性は高まっている。 経済学でも2010年代半ばから、マネジャーが部下や部署のパフォーマンスに与える影響について実証分析が増加している。

課長などファーストラインマネジャーは、部長・本部長などより上位のシニアマネジャーの候補でもある。ここで、企業はどのようなマネジャーを昇進させるべきだろうか。現在のポジションでの業績で判断し、部下や部署の業績を高めたマネジャーを昇進させるべきだろうか(業績に基づく昇進)。それとも、昇進後のポジションに最も適した人材を昇進させるべきだろうか(コンピテンシー[適性]に基づく昇進)。「業績に基づく昇進」政策をとると、昇進後のポジションに適性のない人も昇進し、「人々は無能レベルに達するまで昇進する」という「ピーターの法則」現象が生まれてしまう。一方、「適性に基づく昇進」政策をとると、現在のポジションで業績改善に努力するインセンティブが低下してしまう。これは特に、ボーナス報酬などでうまく努力インセンティブを引き出せない場合に問題となる。このように、シニアマネジャーの選抜にあたり、企業は適切なインセンティブの付与と最適な人材配置とのトレードオフに直面するのである。

本論文は、日本の経営コンサルティング企業1社の2015~2020年の人事情報データを使用し、マネジャーのどのようなスキルが部下の人事評価と離職率、マネジャー自身の人事評価や役職昇進に影響を与えるのか、分析したものである。同社では半年に一度、上司および部下がそれぞれ、40項目に渡ってマネジャーの様々なマネジメントスキルを評価している。これら計80項目の回答を因子分析した結果、主に部下が観察した部下管理スキル(People Management Skills: PMS)と、主に上司が観察したシニア・リーダーシップスキル(Senior Leadership Skills: SLS)という2種類のスキルが抽出された。PMSはファーストラインマネジャーに、SLSはシニアマネジャーにより期待されるスキルである(図1)。SLSには業績管理スキル、コーディネーションスキル、情報伝達スキル、情報収集・報告・理解スキルが含まれる。また、部下が観察したPMSとは別に、上司が観察したPMSも見出された。

表1は回帰分析の主な結果をまとめたものである。まず、部下が観察するPMSが高いマネジャーの下で働く部下の業績(人事評価)は高まる傾向にある。一方、上司が観察したマネジャーのPMSは部下やマネジャーのアウトカム(結果指標)と関係がない。上司が自分の部下であるマネジャーのPMSをきちんと把握するのは難しいと言える。次に、部下が観察したPMSや、SLS(特にコーディネーションや情報収集・報告・理解のスキル)が高いマネジャーの下で働く部下の離職率は低くなる傾向がある。

最後に、同社では業績ではなく適性に基づく昇進が観察された。つまり、上位マネジャーで要求されるSLSの高いマネジャーが昇進する傾向にあり、部下のパフォーマンスを向上させるPMSは昇進には結びついていない。一方で、同PMSはマネジャー自身の人事評価では評価されており、同社では、人事評価、ひいてはボーナス等の報酬によって、マネジャーの業績向上努力をうまく引き出していると解釈できる。つまり、現部署での業績向上を報酬制度が、最適な人材配置を昇進制度が担っており、報酬制度と昇進制度が補完的に機能しているのである。

本分析はあくまで日本企業1社の事例である。「業績に基づく昇進」ではなく「適性に基づく昇進」政策を採用した方が企業にとってよい(つまり企業の利潤が高まる)のは、一般的にどのような場合なのだろうか。この点について本論文は、2つの昇進政策のトレードオフをモデル化した。その結果、「適性に基づく昇進」政策を採用した方がよいのは、(1) 昇進前のポジションで重要なスキル(本論文における部下が観察したPMS)と昇進後のポジションで重要なスキル(同SLS)の相関が低い、つまり昇進後にかなり異なる種類のスキルが要求されるとき、(2) 昇進後に重要なスキル(SLS)をマネジャーがどの程度持っているのか、昇進前にある程度正確に予測できるとき、(3) マネジャーの業績改善のための努力コストが小さいとき、であることが理論的に導き出された。このような特徴は、「適性に基づく昇進」が観察された分析対象企業にも確かに見られ、理論予測が裏付けられる結果となった。

今回の分析結果からは、報酬制度と昇進制度には補完性があり、企業はこれらをセットで設計する必要があることが分かる。また、企業の事業特性や職務特性、事業環境に応じて、最適な人事制度設計を行うことが大切であると言えよう。

図1 ファーストラインおよびシニアマネジャーに期待されるスキル
図1 ファーストラインおよびシニアマネジャーに期待されるスキル
注:PMSは部下管理スキル、SLSはシニア・リーダーシップスキル。SLSのうち、「業績管理」は仕事のフローや進捗、品質の管理、短期的成果追求のスキル;「コーディネーション」は他部署・利害関係者と調整・協力し、全社的視点から考えるスキル;「情報伝達」は顧客、競合他社、市場、産業の情報について伝達するスキル;「情報収集・報告・理解」は情報を収集、問題を報告、課題を理解するスキル。
表1 マネジャーのスキルが部下およびマネジャー自身に与える影響の方向:回帰分析結果のまとめ
表1 マネジャーのスキルが部下およびマネジャー自身に与える影響の方向:回帰分析結果のまとめ
注:特に統計的に有意な正の影響も負の影響も見られなかった場合は空欄。