ノンテクニカルサマリー

世界金融危機後の日本の機械機器輸出の検証

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト

日本銀行のデータ(図1)に見られるように、日本の実質実効為替レートは現在、この44年間で最低水準にある。このことは日本の輸出にどのような影響を及ぼしているだろうか。

図1. 日本の実質実効為替レート(2020年=100)
図1. 日本の実質実効為替レート(2020年=100)
出典:日本銀行

日本の輸出は高度化されている。このことは、Hidalgo and Hausmann (2009)の手法を用いると明確になる。彼らは、複雑性の高い財の生産には高度な能力が必要とされることを明らかにした。これらの製品は、輸出バスケットが多様化した国で生産される傾向が強い。彼らは、経済の複雑性を多様で高度な製品を輸出する能力に基づき定義している。また、製品の高度化レベルはその非普遍性により定義されている。これらの定義を用いて、彼らは130カ国以上の国の複雑性指標(CCI)と、1,200点を超える製品の複雑性指標(PCIs)を計算した。

日本のCCIは、2000年から2021年までの全ての年で最も高度と評価された。日本の機械輸出についてPCIsの加重平均を求めると、日本の機械輸出は他の主要な機械輸出国3カ国(米国、中国およびドイツ)の機械輸出と比べて複雑性が高い。

Abiad et al. (2018)は、複雑性の高い財ほど生産が難しく、代替財はより少ないと論じている。そして、彼らは、Hidalgo and Hausmann (2009)の測定法で複雑性が高いと測定された製品ほど需要の価格弾力性が低く、これらの財の輸出の為替レートに対する感応度は低いはずであると推論している。そこで、本稿では、日本の機械輸出の為替感応度を検証した。

日本は、高品質の機械および資本財を生産・輸出している。例えば、掘削機、工作機械、タービン、ロボット、半導体製造装置、繊維製造設備、その他の資本財である。日本は従来から、これらの財を川下分野を担うアジア諸国に輸出する重要な役割を果たしてきた。Kwan (2004)は、アジアの企業が日本から資本財を得られなければ、それらの企業は資本財を全く入手できなくなることが多いと指摘している。

日本企業は、過去の円高時に工場をアジア諸国に移転した。1985年、米国の貿易赤字を削減するため、日本、フランス、西ドイツおよび英国はプラザ合意で米ドルに対し自国通貨を切り上げることに同意した。1985年9月のプラザ合意締結から1995年半ばまでに、円は1米ドル=240円から88円を切るまでに増価した。

日本の輸出企業は価格競争力を失い、コスト削減のため労働集約的な作業をASEAN諸国や中国の工場に移転した。Bayoumi and Lipworth (1998)は、当時の日本の海外直接投資(FDI)の動機は、在外子会社が生産プロセスの一部となる垂直統合にあったことを明らかにしている。Yoshitomi (2007)は、この垂直的FDIを伴う貿易を垂直的産業内貿易(VIIT)と評している。VIITにおいて、企業は比較優位に基づき先進国、新興国、途上国全てにわたってバリューチェーンを分割している。各地域の比較優位の決定要因は、資本および熟練・非熟練労働者の有無、ならびに物理的および制度的インフラストラクチャである。

Sasaki et al. (2022)が明らかにしているとおり、2008-2009年の世界金融危機(GFC)で円高が進んだ時に、日本の多国籍企業は製造部門の海外移転を続けた。このことにより、円高による価格競争力の低下を解消できた。2012年に円安に転じても、日本企業は生産を日本国内に回帰させず、海外生産を継続した。Sato and Shimizu (2015)は、数十年にわたり日本企業は海外生産を増加させたと指摘している。その生産ネットワークは、アジア諸国を中心としたものであった。GFC中の円高の進行に伴い、これらの企業はアジアへの生産移転をさらに拡大して分業を加速させた。このことから、彼らは、日本の輸出の増加はアジアにある海外子会社からの部品の輸入増加を伴うものであり、円安はもはやそれほど機械輸出を促進しないと指摘している。

部品の生産がアジア諸国に移転されれば、円の為替レートが日本の対アジア諸国輸出に及ぼす影響は少ないだろう。部品を日本に供給するアジアの国の通貨に対し円が減価すると、これらの輸入中間財の円建てコストは増加する。こうしたコストの増加は、この供給国に逆輸出される日本の付加価値への円安の影響がもたらす価格競争力の上昇を抑制する。したがって、日本がGFC以降、生産のアジア諸国への移転を拡大したのであれば、アジアの国の通貨に対する円安がその国への輸出に与える影響は2009年以降、縮小したであろう。

本稿では、為替レートが日本の機械輸出に与える影響がGFC以降、減少したかを検証した。検証の結果、1990-2000年および2000-2010年の期間には、円が10%増価すると、機械輸出は6%減少したことがわかった。機械輸出の多くのサブカテゴリーも円高に反応して減少していた。しかし、2010-2020年の期間において、円高は機械輸出全体および重要なサブカテゴリーの大半の輸出の減少を招かなかった。

個々のカテゴリーの中で、特殊機械と商用車の輸出は2010-2020年の期間に為替レートの影響を受けていないが、電気通信機器輸出は影響を受けていた。2000年以降、為替レートが特殊機械の輸出に影響を及ぼしていない事実は、韓国など川下の国が日本からの機械輸出に依存していることを示したBaek (2013)と一致する。また、ロボットや半導体製造装置などの高度な財の価格弾力性は低いはずであるとするAbiad et al. (2018)とも一致する。

商用車の輸出が2010年以降、為替レートの変動に反応しなくなったとの検証結果は、日本の輸送機器輸出企業が2012年から始まった円安期に市場別価格設定行動(Pricing-to-Market: PTM)によって円安に対応したとするNguyen and Sato (2019)の研究結果を裏付けるものである。それらの日本企業は、輸入国通貨建ての価格を引き下げるのではなく、国外価格をほぼ一定に維持することを選んだのである。この選択は、円安に伴い輸出量を増やすのではなく、利益率を上げるものであった。

2010-2020年の期間における電気通信機器輸出の為替レートに対する感応度は極めて高かった。GFC以前、日本は携帯電話の主要生産国であった。しかし、Sato et al. (2013)が論じているように、GFCに端を発した急激な円高に韓国ウォンの急落が相まって日本の電気通信機器輸出は激減し、韓国の電気通信機器輸出が急増した。Thorbecke (2023)のとおり、2012年には韓国のサムスンが売上高で最大の電話メーカーとなり、同社はその後10年間にわたりその地位を維持し続けた。

日本の輸出をアジア諸国向けと非アジア諸国向けの輸出に分類してみると、GFC以後の為替レートの減価は全ての機械輸出および大半のサブカテゴリーについて対アジア輸出を促進することはない一方、非アジア諸国への輸出を押し上げている。機械の総輸出額は、円が10%減価すると、非アジア諸国向け輸出は6%近く増加する。また、いくつかのサブカテゴリーでは、為替レートの減価と輸出の増加の間に統計的に有意な関係が認められる。これらの検証結果は、アジア諸国への生産移転は為替レートの減価と日本の対アジア機械輸出の関連性を弱めたとするSato and Shimizu (2015)の仮説と一致している。

本稿では、為替レートが日本の資本財輸出に与える影響の変化を検証した。将来の研究課題として、為替レートが日本の部品輸出にどのような影響を及ぼすかについて検証する必要がある。また、日本からのアジア域外の川下企業への輸出による知識スピルオーバーが、Hirano (2016)およびIto et al. (2023)などで論じられている日本のアジア域内川下企業との貿易による知識伝播に匹敵するかどうかも検証すべきである。

参考文献
  • Abiad, A., Baris, K., Bertulfo, D., Camingue-Romance, S., Feliciano, P., Mariasingham, J., Mercer-Blackman, V., Bernabe, J. 2018.The Impact of Trade Conflict on Developing Asia. (ADB Economic Working Paper No. 566). Asian Development Bank, Manila.
  • Baek, J. 2013. Does the Exchange Rate Matter to Bilateral Trade between Korea and Japan? Evidence from Commodity Trade Data. Economic Modelling, 30, 856-862.
  • Bayoumi, T., Lipworth, G. 1998. Japanese Foreign Direct Investment and Regional Trade. Journal of Asian Economics, 9, 581-607.
  • Hidalgo, C., Hausmann, R. 2009. The Building Blocks of Economic Complexity. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106, 10570–10575.
  • Hirano, S. 2016. The Japanese Petrochemical Industry. University of Nagoya Press, Nagoya.
  • Ito, K., Ikeuchi, K., Criscuolo, C., Timmis, J., Bergeaud, A. 2023. Global Value Chains and Domestic Innovation. Research Policy, 52, 104699.
  • Kwan, C. 2004. Japan’s Exports to China Increasing Not Despite but Because of the Yen’s Appreciation. (China in Transition Working Paper). Research Institute of Economy, Trade and Industry, Tokyo.
  • Nguyen, T., Sato, K., 2019. Firm Predicted Exchange Rates and Nonlinearities in Pricing-to-market. Journal of the Japanese and International Economies, 53, 1–16.
  • Sasaki, Y., Yoshida, Y., Otsubo, P. 2022. Exchange Rate Pass-through to Japanese Prices: Import Prices, Producer Prices, and the Core CPI. Journal of International Money and Finance, 123, 102599.
  • Sato, K., Shimizu, J., 2015. Abenomics, Yen Depreciation, Trade Deficit, and Export Competitiveness (RIETI Discussion Paper Series 15-E-020). Research Institute of Economy, Trade and Industry, Tokyo.
  • Sato, K., Shimizu, J., Shrestha, N., Zhang, S., 2013. Industry-specific Real Effective Exchange Rates and Export Price Competitiveness: The Case of Japan, China and Korea. Asian Economic Policy Review 8, 298-321.
  • Thorbecke, W. 2023. The East Asian Electronics Sector: The Roles of Exchange Rates, Technology Transfer, and Global Value Chains. Cambridge University Press, Cambridge, UK.
  • Yoshitomi, M. 2007. Global Imbalances and East Asian Monetary Cooperation. In D. Chung and B. Eichengreen, eds., Toward an East Asian Exchange Rate Regime. Brookings Institution Press, Washington, D.C.