ノンテクニカルサマリー

企業間賃金格差の拡大:1995〜2013年の日本の例

執筆者 神林 龍(ファカルティフェロー)/田中 聡史(クイーンズランド大学)/山口 慎太郎(東京大学)
研究プロジェクト 賃金格差と産業ダイナミクスの関係
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「賃金格差と産業ダイナミクスの関係」プロジェクト

背景

最近では「日本の賃金はなかなか上がらない」というイメージがすっかり定着しています。その原因について議論が巻き起こっていますが、決着をつけるような説明はまだ現れていません。だた、この混迷は、「賃金がなかなか上がらない」というときに多くのひとが「平均」賃金を頭においてしまうことと関係します。日本には賃金を得ているひとが6000万人以上いると推定されています。ということは、6000万種類以上の額面賃金があります。その平均値がどう動くかという情報は確かに重要ですが、日本の労働市場の仕組みや動向を理解するには不十分であることがままあります。このとき、助けになるのが「賃金分布」(つまり賃金格差)がどう変化するかという情報です。

目的と方法

この論文ではまず「賃金構造基本統計調査」という厚生労働省の統計から得られる被用者ひとりひとりの賃金情報から、日本の労働市場全体の賃金分布の動向を分析します。これが、「賃金格差の動向」という言葉を使うときに普通に連想される数値の動きです。次に、そのひとりひとりの賃金情報を同じ企業に勤めるひとを集めて企業ごとにまとめ直し、個人の賃金格差のうちどれだけが企業間の格差で説明されるかを検討します。当然、企業によってビジネスの仕方は異なりますし、賃金も異なります。企業のビジネスの仕方の違いがどれだけ企業間の格差につながり、最終的に個人間の格差につながるのか、これを検討するのがこの論文の目的なのです。そのために工夫したのは、被用者ひとりひとりの賃金情報を、「企業活動基本調査」という経済産業省の統計から得られる同じ企業の情報にあわせ、どんな企業がどんな賃金をつけているかを具体的に検討した点です。

結果

図

まず上の図をみてください。この図は、男性(Male)の正規労働者(fulltime)について、時間あたり賃金をもとめて全体のばらつき(Total variance)を算出し、そのうち企業間のばらつきで説明できる部分(Between-firm)といっしょに表示したものです。分析対象は1995年から2013年までで、この2本の系列の差は企業内のばらつきで説明できる部分(Within-firm)になります。あとの分析と合わせるために、「企業活動基本調査」とあわせることができる被用者に限定しています(Matched sample)。ひとめで、賃金のばらつきが着々と大きくなっている一方で、それは企業間のばらつきが大きくなっていることで説明できることがわかります。賃金格差を考えるときには、なぜ企業間で格差が拡大するのかを考えなければいけないことがわかります(もちろん、女性については多少違った図が書けますので、興味がある方は本文を読んでください)。

この論文では、この企業間格差をさまざまな要因に分解してみました。それをまとめたのが次の表です。

表

ここでは企業間のばらつきの増大(0.031とあるのがそれです)を、おもに、(i)企業のビジネスのやり方そのものが変わったことによる部分[x]、(ii)明確に何だとはいえないけれどなぜか企業間で差がついている部分[θ]、(iii)ビジネスのやり方は変わっていないのに賃金への反映の仕方が変わったことによる部分[β]、(iv)新しい企業が登場し別な企業が退場したことによる部分(Entry and Exit)にわけました。そして、実は企業間格差が大きくなったのにはいくつかの理由が複合的に影響していて、あるひとつの理由ですべてが説明できそうな様子ではないことがわかりました。とくに(ii)と(iii)と(iv)の要因はだいたい同じくらいの説明力をもちそうだということは、あるひとつの政策で企業間格差を制御しようと考えることはあまり有効ではない可能性を示しています。