ノンテクニカルサマリー

SDGs達成に向けたWTOの役割

執筆者 梅島 修(高崎経済大学)
研究プロジェクト 持続可能性を基軸とする国際通商法システムの再構築
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「持続可能性を基軸とする国際通商法システムの再構築」プロジェクト

本稿は、2015年9月25日に国連総会で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)について、世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)が既にどのような貢献をしてきたか、また今後どのような貢献を行うことが可能であるか、検討、分析したものである。その分析概要は次の通りである。

目標 WTOが貢献できる事項、既に実施した事項
目標1:あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる
  • 筆者提案:後発開発途上国(LDCs)産品の輸入をさらに促進・拡大してLDCsの所得を増加させるため、すべての先進国は、実施中のLDC特恵輸入関税及び数量枠撤廃(DFQF)をLDCsの主力輸出産品である農産品、乳製品まで拡大する。新興国はLDC特恵対象品目を拡大する。
  • 筆者提案:DFQFの対象とされる産品の要件(原産地規則)を付加価値25%または関税番号4桁変更のいずれかまで緩和する(日本は実施済み)。
  • 筆者提案:LDC国内の産業が自国または第三国政府から交付された補助金を用いて生産した産品を輸入する国は当該産品輸入に相殺関税を課さないこととすることを検討すべき。
  • 途上国への投資を促進する投資円滑化協定の交渉が妥結した。早期発効を期待する。
目標2:飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する
  • WTOは、本目標中の農業所得倍増・農業市場歪曲の是正というターゲットが求めている農業補助金の廃止を実施済み。
  • WTO専門家会合は、LDCs及び純食糧輸入途上国の食料を確保するための方策について検討中。成果を期待する。
目標3:あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する
  • WTOは、コロナウィルス対策として途上国が特許権者の許可なくワクチンを製造することを容認。かかる合意を今後のパンデミックに対応できるよう制度の協議を継続中。成果を期待する。
目標4:すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する
  • 特になし。
目標5:ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児のエンパワーメントを行う
  • WTO非公式専門家会合で国際貿易での女性の地位向上の検討を継続中。成果を期待する。
目標6:すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する 本目標及び他の環境改善を求める目標・ターゲットについて、
  • WTO協定は、物品・サービスの自由貿易を制限する個別国の環境措置について、その許容ルールを確立している。
  • 筆者提案:パリ協定において合意された各加盟国の炭素排出量とEUが炭素税として輸入品に課す排出量との関係を検討し、EUの炭素国境調整措置の可否、適用方法について検討する。
  • 筆者提案:輸出国が厳格な環境規制を完全実施するまでの間の一部産業に対する緩和措置に、輸入国は相殺関税を課さない。
目標7:すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する
  • 筆者提案:かつて頓挫した環境物品協定にかわり、対象を再生可能エネルギー関連物品に絞って、関税を削減・撤廃する交渉を再開する。
目標8:包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用 ディーセント・ワーク を促進する
  • 筆者提案:現在、一部のWTO加盟国は強制労働、児童労働を用いて生産された物品の輸入を禁止している。WTOは、自由貿易を確保しつつ強制労働、児童労働を用いて生産された物品・サービスを禁止する規則を策定する。
目標9:強靱なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る
  • 特になし。
目標10:各国内及び各国間の不平等を是正する
  • 目標1に同じ。
目標11:包摂的で安全かつ強靱で持続可能な都市及び人間居住を実現する
  • 本目標中の「大気の質及び一般並びにその他の廃棄物の管理に特別な注意を払う」とのターゲットへの貢献を目標6にまとめた。
目標12:持続可能な生産消費形態を確保する
  • 特になし。
目標13:気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる
  • 目標6にまとめた。
目標14:持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する
  • WTOは本目標のターゲットが要求する漁業補助金協定の交渉を妥結。早期発効を期待する。また、漁業補助金協定の追加条項を交渉中。その進展を期待する。
目標15:陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する
  • 特になし。
目標16:持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する
  • 目標8に同じ。
目標17:持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する
  • 持続可能な開発のための実施手段の強化策は目標1にまとめた。
  • なお、本目標のターゲットとしてドーハラウンド交渉の進展を要求するが、同ラウンドはSDGs採択前に頓挫している。達成不能な事項がなぜターゲットとして加えられたのか不明。