ノンテクニカルサマリー

賃金格差に対する労働組合の効果:日本の上場企業パネルデータを用いた実証分析

執筆者 齋藤 隆志(明治学院大学)/松浦 司(中央大学)/岡本 弥(神戸学院大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

背景

他の先進国と同様に、日本でも労働組合の影響力低下が指摘されている。労働組合の推定組織率は1970年以降一貫して低下傾向にあり、組合員数も90年代中頃から漸減傾向を示している。労働組合の経済効果には様々なものが存在するが、その一つが労働組合員間の賃金格差を縮小することである。欧米では産業別・職業別労働組合の力が強く、同一産業・職業の労働者間の賃金格差を縮小することを目指してきた一方、日本では企業別労働組合の力が強く、企業内で同一の属性を持つ労働者間の賃金格差を縮小することを目指してきた。しかし、近年は日本でも成果主義の導入等で同一の属性を持つ労働者間の賃金格差を拡大することを意図した制度が導入されており、労働組合の賃金格差縮小効果も影響を受けている可能性がある。労働組合の賃金格差縮小効果については、労働者単位のデータを用いて組合員と非組合員の比較をしたものがほとんどで、企業内賃金格差への影響については明らかになっていない状況である。

目的と方法

本稿では、日本の上場企業のパネルデータを用いて、労働組合が企業内の賃金分布に与える影響を分析した。その際、労働組合が賃金分布に与える影響は時代とともに変化したのかについて分析を行うとともに、労働組合と企業の所有構造が賃金分布に対して補完的もしくは代替的に影響しているのかを検証した。後者の検証については、企業別組合が、終身雇用制度や同一属性を持つ労働者間の賃金格差が小さい年功序列型賃金とともに、日本的雇用慣行との特徴とされ、メインバンク制をはじめとした長期的に安定的な所有構造と相互補完的に日本企業の経営状況の良さの一因と指摘されてきたことが背景にある。ここで注目すべきこととして、日本的雇用慣行のそれぞれの要素に相互補完関係性があり、さらに株式所有構造と密接に関係することが指摘されている点である。そこで、長期安定株主の代理変数として金融機関持株比率(ただし、その中には長期安定株主とはいえない可能性が高い投信持株比率も含まれており、それは控除してある)、反対に近年増加している短期的な利益を重視する株主の代理変数として外国法人持株比率を用い、これらが労働組合の賃金格差縮小効果を強めるのか、弱めるのかについて検証した。

企業内賃金格差のデータとしては、同一属性を持つ労働者間の比較が可能な、「30歳大卒総合職」の最高賃金、平均賃金、最低賃金のデータを『CSR企業総覧』(東洋経済新報社)から入手して、(1)最高賃金と最低賃金、(2)最高賃金と平均賃金、(3)平均賃金と最低賃金の格差を算出した。労働組合の有無に関してはサンプル期間内でほとんど変動がないため、係数推定の際に悪影響を及ぼしうる、通時的に一定な企業固有効果を取り除くことが可能な固定効果モデルを用いることができない。そこで、同一企業のデータが複数回現れることによる誤差項間の相関を式変形によって取り除き、係数推定量の分散を小さくする(a)変量効果モデルと、通時的に不変の変数については変量効果モデルの係数を、通時的に変化する変数については固定効果・変量効果両モデルの係数を推定する(b)ハイブリッドモデルを用いて分析した。さらに労働組合有無については、賃金格差が大きいからこそ労働組合が結成されるという逆の因果関係や、賃金格差と労働組合有無の両者に影響を及ぼす第三の要因が存在しうるため、係数が正しく推定できないという内生性を有する可能性が高いことを考慮して、内生性を持つ説明変数が2値変数である際に用いられる(c)内生的トリートメントモデルを使用して分析した。サンプル期間は2004年度から2015年度までである。

結果

表1には、労働組合有無の内生性を考慮したモデルの結果のうち、労働組合ダミーの係数の推定結果を抜粋したものを掲載している。分析の結果、どのモデルを用いても、ほぼ一貫して労働組合が賃金格差を縮小する効果を持つことがわかった。次に、表には掲載していないが、ハイブリッドモデルを用いた場合、近年になるにつれて労働組合の賃金格差縮小効果が低下するという傾向がみられたものの、表1の結果ではむしろ後半期間においてその効果がわずかに大きいことが示されている(網掛けの部分)。最後に、外国法人持株比率が低い企業において、労働組合の賃金格差縮小効果が概ね強まることから(網掛けの部分)、この効果について外国法人株主と労働組合とでは代替的な効果を持っていること、反対に金融法人持株比率の高い企業においては、労働組合の賃金格差縮小効果は概ね強まることから(網掛けの部分)、この効果について外国法人株主と労働組合とでは補完的な効果を持っていることがわかった。

表1 内生的トリートメント効果モデルの結果(労働組合ダミーの結果を抜粋)
表1 内生的トリートメント効果モデルの結果(労働組合ダミーの結果を抜粋)
カッコ内は頑健z値。 *** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1

以上の結果から、労働組合の影響力が弱まっている近年においても、企業別労働組合が「30歳大卒総合職」という同一の属性を持つ労働者間の賃金格差縮小効果を維持していることに加え、企業の統治構造の違いによってその効果が異なることが示された。賃金格差は労働インセンティブやその結果として労働生産性に影響を与えることから、本稿で得られた知見は生産性向上に向けた議論をする上で意義を有すると考えられる。