ノンテクニカルサマリー

コンピュータグラフィックス産業における主流形成と競争ダイナミクス:米国特許のトピックモデリング分析

執筆者 渡部 一郎(東京大学)/清水 洋(早稲田大学)
研究プロジェクト イノベーション、知識創造とマクロ経済
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「イノベーション、知識創造とマクロ経済」プロジェクト

特定の技術分野における主流形成を分析する上で、ドミナントデザイン(注1)の決定過程は極めて重要であり、これまで数多くの研究がこの過程を分析してきた。本研究では、ドミナントデザインの決定過程において、ドミナントデザインよりも広範な枠組みの構築・共有が行われる段階が存在するのではないかという仮説をコンピュータ画像処理技術分野において出版された特許の定量分析により検証した。また、前述した「ドミナントデザインよりも広範な枠組み」の検討にはSuarez et al.(2015)が提唱するドミナントカテゴリー概念を用いた。Suarez et al.(2015)はドミナントカテゴリーを、新興産業への関与に際してステークホルダー間の有意義なコミュニケーションを行う必要性のもと形作られる社会認知的概念である、と説明している。ドミナントカテゴリーは、ドミナントデザインのような物理的な標準化を伴わない、社会認知上の概念なのである(Suarez et al., 2015)。

本研究で行ったコンピュータ画像処理技術分野において出版された特許の定量分析の結果からは、ドミナントデザインの決定過程において、ドミナントカテゴリーが確立される段階が存在することが示唆された。ドミナントデザインの出現タイミングは技術分野内における企業数がピークに達し減少に転じる時期であるとされる(Utterback and Suarez, 1993)。よって当該技術分野では1998年ごろにドミナントデザインが出現したと考えられる(図参照)。実際に1999年に本技術分野ではNVIDIA CorporationのGeForce 256発売によるGPUという強力な製品枠組の登場が起きており、これが本技術分野におけるドミナントデザイン登場に相当する事柄であると解釈できる。一方で当該技術分野においてドミナントデザインが登場する1998年〜1999年より前の1991年から1994年にかけて本技術分野における研究開発方針収斂度合が上昇しているということも本研究の分析において観察された(図参照)。この結果は、ドミナントデザイン成立前にドミナントデザインよりも広い枠組みにおいて産業内での共通認識を形作る枠組が形成されたことを示唆している。本技術分野においては1990年代初頭にPCゲーム用3D描画チップの開発が活発に行われた。「PCゲーム用3D描画チップ」という強力なカテゴリーの登場が本技術分野においてドミナントカテゴリー登場に相当する事柄であり、この収斂を起こしたと解釈できる。

図

Suarez et al.(2015)は、ドミナントカテゴリーが決定されてからドミナントデザインが決定されるまでの期間は、その業界に参入するのに最も適した期間であると論じている。なぜなら、分野黎明期は不確実性が大きい状態が続くが、ドミナントカテゴリーが設定されると共有された社会認知的枠組みが提供される。結果として業界内の効果的なコミュニケーションが促進され、不確実性が軽減されるからである(Suarez et al., 2015)。一方でドミナントデザイン決定はその後の研究開発の自由度を大きく制限しうる現象であり、多数の企業の当該技術分野からの退出を生む。以上をまとめると、ドミナントカテゴリー登場後でありかつドミナントデザインが決定される前の時期がその技術分野において不確実性と研究開発の自由度が適度に担保される時期なのだとSuarez et al.(2015)は纏めている。本研究では、コンピュータグラフィックス処理システム業界におけるドミナントカテゴリーとドミナントデザインの出現時期を、特許データを用いて定量的に描き出す手法を提示した(図参照)。本研究は、日本企業が新興国市場への参入タイミング戦略やそれを促進するための経済政策を策定する際に、エビデンスに基づく意思決定を促進することに貢献するものである。

脚注
  1. ^ ドミナントデザインとは、ある技術分野内において標準化され広く使われるデザインや枠組のことを指す。パソコンのQWERTYキーボード配列などが代表的。
参照文献
  • Suarez, Fernando F., Stine Grodal, and Aleksios Gotsopoulos. 2015. Perfect timing? dominant category, dominant design, and the window of opportunity for firm entry. Strategic Management Journal 36 (3): 437-48.
  • Utterback, James M., and Fernando F. Suárez. 1993. Innovation, competition, and industry structure. Research Policy 22 (1): 1-21.