執筆者 | 白須 洋子(青山学院大学)/鈴木 健嗣(一橋大学大学院)/Sadok El GHOUL(アルバータ大学) |
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研究プロジェクト | 企業統治分析のフロンティア |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト
アセット・マネージャーは、アセット・オーナーから資金を調達し、企業に投資する。アセット・オーナーとアセット・マネージャーが別組織である場合、両者は投資ポートフォリオや投資方針について同じ見解を持っていない可能性がある。特に意見が分かれる投資案の1つが環境・社会関連(ES)投資であり、近年大きな注目を集めている。本稿の目的は、アセット・マネージャーとアセット・オーナー間のES投資に対する合意がアセット・マネージャーのES投資へ及ぼす影響を検証することにある。
一般的に、エージェントであるアセット・マネージャーは、プリンシパルであるアセット・オーナーの利益を最大化することを目的として、プリンシパルの利益に反する行為をしてはならないという受託者責任がある。この場合、アセット・マネージャーが企業のES活動が会社のパフォーマンスを向上させると考えていたとしても、アセット・オーナーが同意しなければ、アセット・マネージャーはES投資を進めることができない可能性がある。例えば、ESが投資パフォーマンスを向上させると信じているアセット・マネージャーのパフォーマンスが低い場合、同じ信念を持っていないアセット・オーナーは、受託者責任として、パフォーマンスの低さを過剰なES投資のせいだと非難するかもしれない。これを避けるため、アセット・マネージャーがES投資に賛同していても、アセット・オーナーがES投資を賛同していなければ、ES投資を抑制してしまう可能性がある。すでにESに対して肯定的な見方をしているアセット・マネージャーは、アセット・オーナーのES投資に対する考え方がポジティブに変化するならば、抑制していたES投資を推進するようになるという仮説が成り立つ。
この仮説を検証するために、本稿では運用資産額159兆円で世界最大の資産保有者である日本年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が突然、国連責任投資原則(PRI)に署名したことを、アセット・オーナーのES投資に対するポジティブな変化の外生的ショックとして用いる。我々の仮説に基づけば、GPIFがPRIに署名することで、すでにPRIに署名している資産運用会社のES投資(企業のESスコア)が促進されると予測される。しかし、この署名が委託資産運用会社のES投資に影響を与えないのであれば、もともとPRIに署名していた委託資産運用会社のES投資戦略は変わらない(抑制していない)ことになる。本研究では、差分法(DID)を用いて、GPIF前にPRIに署名していた委託資産運用会社が、GPIF後もPRIに署名してES投資を促進したかどうかを調査した。
その結果、GPIFがPRIに署名した後では、GPIFが委託した資産運用会社が大株主である企業ほど、ESスコアが向上することがわかった。図1はGPIFのPRI署名前後のESスコアの推移を示している。左図は社会スコア、右図は環境スコアである。GPIF署名後、GPIFに委託されたアセット・マネージャーに出資を受けた企業のESスコアは改善しているように見える。実証分析の結果では、GPIFが委託した資産運用会社が大株主である企業ほど、ESスコアが向上するものの、PRIに署名したGPIF非委託資産運用会社のESスコアは改善しなかった。これらの結果は、すでにESに対してポジティブなビジョンを持っているアセット・マネージャーは、アセット・オーナーのESに対する考え方がポジティブに変化することにより、より多くのES投資を促進するという我々の仮説と一致している。
本研究の結果は、企業のES投資を促進するためには、アセット・マネージャーによるES投資への賛同のみでは十分ではなく、アセット・オーナーのES投資への賛同が重要な役割を果たしていることを示唆している。