執筆者 | リカード=フォースリッド(ストックホルム大学)/大久保 敏弘(慶應義塾大学) |
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研究プロジェクト | グローバル経済が直面する政策課題の分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト
近年、米中貿易戦争にみられるように、関税をはじめとした貿易障壁が引きあがるとともに、大規模補助金政策が盛んになり、保護主義化する傾向にある。さらに、コロナ禍を経てインフレが広がるとともに、諸外国は経済対策として様々な大規模な補助金プロジェクトをおこなっている。グリーンR&D、デジタル開発補助金、半導体開発補助金など、特定分野の特定製品に対するR&D補助金が活発化し、先進国間で競争になっている。日本国内でも、例えば一連の半導体補助金政策など積極的に行っており、北海道や九州では半導体の生産が活発化し、高度な産業集積が形成されつつある。
本論文では、こうした貿易戦争下でのR&D補助金がどのように企業の生産や立地に影響を与えるのか、また、このような政策にどのような課題があるのかを理論的に分析した。分析の結果、R&D補助金は企業の製品スコープ(つまり、生産する製品・財の種類・バラエティー)を広げ、特に生産性の高い企業ほど製品スコープを広げ、利潤を増やすことが明らかになった。また同時にR&D補助金を多く与える国・地域ほど、海外・域外からも生産性の高い企業を誘致でき、その結果、生産性の高い企業を中心にした質の高い産業集積を形成することも明らかとなった。このようなR&D補助金は、より多くの製品の開発や生産を促し、雇用を増やすので、大きな社会便益をもたらす。関税が引き上がる状況下では、国際間のR&D補助金競争がし烈になりやすい。特に経済規模の小さい国でも、R&D補助金競争に勝ち抜くことで経済規模の大きい国から生産性の高い企業を誘致できるため、R&D補助金を通じて質の高い産業集積を形成できるのだ。
しかし、問題もある。財源の問題である。R&D補助金競争を勝ち抜くため補助金をより多く与えると、製品開発が進み、生産する製品数・バラエティーは多くなり、企業誘致が進む一方、それだけ財政負担、つまり税負担が大きくなる。論文で明らかになったように、ある程度の補助金の水準を境に社会厚生が減衰していく。
日本をとりまく現状を見ると、米中貿易戦争とR&D開発補助金競争の波にのまれつつある。本研究から明らかになったように、R&D補助金により生産性の高い企業を誘致でき、国の雇用拡大にもつながる。半導体では北海道や九州などで生産性の高い企業の高度な産業集積が形成されつつある。地方経済の活性化にも役立つだろう。さらに昨今は、諸外国がポストコロナやインフレ対策、環境対策を理由に補助金を拡大しており、環境・グリーンやデジタル、宇宙開発、半導体、製薬、資源開発など多数の特定の製品分野にわたって補助金競争が活発になっている。環境問題や異常気象による資源確保、経済安全保障、デジタル経済、将来の感染症対策など地球規模の課題も含まれるので、R&D補助金政策は今後加速していくだろう。このような状況では財政の悪化は必至である。特に日本にとっては近い将来、致命的な問題となるだろう。
そこでいくつかの解決策を提示する。
- ①R&D補助金競争には財政悪化の罠に陥る危険性があるため、安易に競争に乗らず、得意な特定製品分野に絞り込んだ補助金に注力すべきである。
- ②輸送費・関税の上昇とともに補助金競争がし烈になる。貿易自由化は補助金競争を下火にする効果をもつため、日本は引き続き率先して貿易自由化の堅持や自由貿易協定の拡大に努めるべきだろう。
- ③国際協調を率先すべきだろう。かつて、小島清・一橋大学名誉教授は「合意的国際分業」を提唱した。規模の経済の大きい産業は各国間で合意の下で生産する産業を割り当て、規模の経済の利益を十分発揮しつつ国際間で利益を分かち合うという考え方だ(注1)。本論文からの知見を応用すると、製品レベルでの国際分業ということになる。各国間で合意の下で、特定の製品分野(地球レベルの課題分野)での開発や生産を協力し分担する。各国政府はR&D補助金を出し、それぞれの国で特定分野の高度な産業集積を作る。そしてパテントなどを通じて利益を国際間で共有するのだ。いわば「合意的製品国際分業」である。国際間の合意形成の下で協調し分担することでR&D補助金による便益を発揮しつつ、し烈な補助金競争を回避できる。また、R&D開発競争による共倒れも防ぐことができるだろう。
- 脚注
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- ^ 小島(1970)を参照。合意的国際分業とは、小島(1982)によれば、逓減費用産業において、相互に合意の下で相互に市場を提供することによって、相互に規模の経済を実現する国際分業としている。このような発想による類似の研究は以降、国際的に存在するが、国家間の競争に焦点があり、小島理論の核となる国家間「相互の合意」による分業の側面、国際協調の側面が薄いように思われる。
小島清(1970)「合意的国際分業原理・再考―経済統合の経済学の核心」経済学研究(一橋大学) 第14号
小島清(1982)「合意的国際分業・国際合業・企業内貿易―『産業内貿易』へのアプローチ・上」世界経済評論11月
- ^ 小島(1970)を参照。合意的国際分業とは、小島(1982)によれば、逓減費用産業において、相互に合意の下で相互に市場を提供することによって、相互に規模の経済を実現する国際分業としている。このような発想による類似の研究は以降、国際的に存在するが、国家間の競争に焦点があり、小島理論の核となる国家間「相互の合意」による分業の側面、国際協調の側面が薄いように思われる。