ノンテクニカルサマリー

「持続可能な発展」とITO憲章モデル~「ミドルパワー」の国際経済法秩序枠組み

執筆者 米谷 三以(コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 持続可能性を基軸とする国際通商法システムの再構築
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「持続可能性を基軸とする国際通商法システムの再構築」プロジェクト

EUが導入するCBAM(温暖化ガスの排出を環境コストとして国内で求めている負担と同等の負担を課徴金として輸入品に求める措置)、欧州諸国における人権DD(企業活動における国際人権規定の遵守状況にかかる自己評価要求)の法制化、米国のウイグル強制労働防止法、中国の種々の経済的威圧措置など、大国が自国の経済力を背景に他国に特定の政策措置を強制することが増え、しばしば国際的企業活動上の障害となっている。たとえば、EUの諸措置は、外国において操業する企業における環境保護、労働者保護、人権保護の水準を引き上げる効果を否定できないものの、EUの基準を状況の異なる他国に押し付けることとなり結局非効率をもたらす。ただ、貿易制限を伴う場合はWTO協定上概ね違反とされているが、貿易制限を伴わない場合は規制が存在しないとするのが支配的見方であり、また貿易制限を伴う措置の原則禁止も、貿易を優先させるものとして環境保護団体等に批判されており、実務上も徹底されていない。中小国は、かかる措置を有効に利用する余地がない一方で、もっぱら大国の介入による混乱に悩まされている状況にある。

本稿は、大戦の再発を防ぐべく世界的貿易自由化体制を打ち立てようとして英米主導の下で戦後間もない時期に交渉・合意され、GATT/WTO協定の前身となったITO憲章を検討し、貿易制限を伴うか否かに拘わらず、他国の生産過程における環境保護等への一方的介入を禁止していたことを明らかにし、そこからITOモデルというべき、WTO協定のあるべき発展方向を示唆する。かかる一方的介入の許容は、経済のブロック化を避け経済的相互依存を敢えて深化させることで安全保障を確保しようとする貿易自由化の理念と相容れない。同憲章は、世界経済の効率化を共通目標とし、そのための貿易自由化の前提として、各加盟国が、自国内の労働者保護の適正化、資源の利用効率の向上について第一次的責任を負い、他の加盟国がこれを支援し協力する責任を規定する。かかる責任の実行について主要な加盟国から構成される第三者機関の判断を得られる紛争解決手続を用意し、憲章上のすべての問題の解決をその手続に委ねている。このITOモデルは、「持続可能な発展」の追求及びそのための自由貿易体制の遵守発展に対してオーナーシップを有する「ミドルパワー」が主導するtransnationalな体制を想定する。紛争解決手続は、協定締結時に各国が貿易利益を得るために国内規制主権をどれだけ譲歩したか(たとえば環境保護政策についてどこまで制約を受け入れたか)を問う過去志向の過程に止まらず、共通目標の実現という観点から各国の政策実務を評価し(たとえば所与の環境保護措置は「市場の失敗」の是正という観点から必要性・最適性を説明できるか)、今後のルールメイキングに貢献する未来志向の過程としても制度設計される。WTO協定における司法化が唯一無二の選択でなく、したがって上級委員会問題の解決においても、上級委員会ないし二審制の復活以外の代替案、たとえば一部の加盟国の代表から構成される「理事会」への付託を中心とする紛争解決手続の再構築などもあり得ることを明らかにする。