執筆者 | 田中 隆一(ファカルティフェロー)/王 通(立命館大学) |
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研究プロジェクト | 教育政策のミクロ計量分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「教育政策のミクロ計量分析」プロジェクト
少人数学級は、教育環境の質を向上させるための代表的な政策手段のひとつである。少人数学級は児童生徒一人当たりにより豊かな教育資源を振り分けることを可能とし、その結果、より良い教育成果が得られると考えられている。しかし、少人数学級の効果を実証的に分析することは容易ではない。少人数学級がより良い学業成果をもたらすことを明らかにした論文は多くみられるが、その効果の大きさは限定的であり、統計的に有意な効果が検出されない分析も多々見られる。
少人数教育の効果が限定的となっている理由の1つに、学級編成の異質性が考えられる。たとえ少人数学級がある特定のタイプの学級にとっては効果的だったとしても、別のタイプの学級にとっては効果がない、または逆効果である場合には、平均的には小さな効果しか観測されないことになる。したがって、学級規模縮小の効果がクラスの児童生徒の構成にどのように依存するかを理解することが重要となってくる。
クラスメートの構成要素は、少なくとも2つの理由から、学級規模縮小の効果にとって重要である。第一に、たとえクラスメート間の相互の作用がなくても、児童生徒の能力や性別といった特性によって学級規模縮小の効果が異質であれば、平均効果は児童生徒の構成によって異なる。第二により重要なこととして、児童生徒が相互に影響し合う学校教育の文脈では、児童生徒の特性(例えば、クラスメートの性別や能力)の分布は、ピア効果などの様々なチャネルを通じて、学級規模縮小の効果に影響を与えるということである。学校教育を児童生徒の共同生産関数として定式化したLazear(2001)のモデルでは、1人の児童生徒が良い行動をとれないと、クラス全体の教育プロセスが混乱し、クラスメート全員の教育成果が悪化する。学校教育がクラスメートの間でこのような強い相補性を持つならば、クラスメートの構成要素は学級規模縮小効果の異質性を生み出すことになる。
本稿では、学級の異質性の原因として、前学年のテストの得点で測定された能力の分布に注目する。Lazearのモデルの精神に基づけば、児童生徒が教育過程を阻害する個々の確率は、教育成果の基本的な決定要因の一つである。一般に、児童生徒の能力と教室での非行には負の相関があるため、元々の学力が高いクラスほど教育課程がうまく行く確率が高いと考えられる。そこで、クラスメートの元々の平均学力、最大学力、最小学力の違いによって、クラスサイズ縮小効果が異なるかを検証した。
2010年から2016年にかけて収集された東京都の大規模自治体の小学生の行政データを用いて、児童生徒―教員ペアの固定効果を制御しつつ、学年規模から予測される学級規模を実際の学級規模の操作変数として用いる分析法を適用した結果、少人数学級は児童生徒の学業成績に対して平均的に正の効果を持ち、その傾向は国語よりも算数で強いことがわかった。さらに、学級規模を1人分小さくすると、算数の成績は0.00938標準偏差、国語の成績は0.0029標準偏差上昇する。また、学年当初のクラスメートの平均学力が高いクラスの生徒ほど、学級規模縮小の恩恵を受けることもわかった(表1を参照)。さらに、学級規模縮小の効果は、上位の生徒の能力よりも下位の生徒の能力に敏感であることがわかった。クラスメートの中で元々の学力が一番低い児童生徒のスコアが高いクラスでは、クラスサイズの縮小の効果が大きいことがわかった。これらの結果は、クラスサイズの縮小を議論する際には、そのクラスの児童生徒の構成も合わせて考慮したクラス編成が重要であることを示唆している。