ノンテクニカルサマリー

その声はどれほど大きいのか?:日本の石油関連企業のESGパフォーマンスを評価することの効果

執筆者 慶田 昌之(立正大学)/竹田 陽介(上智大学)
研究プロジェクト 経済主体の異質性と日本経済の持続可能性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済主体の異質性と日本経済の持続可能性」プロジェクト

株式市場へのESG投資は急増しており、企業の経営努力は環境、社会、ガバナンス指向の問題について開示され、評価されている。能力が限られている個人投資家にとって経営情報の取得と処理にはコストがかかるため、市場監視という手段によって企業の経営業績に関連する不確実性を軽減するには、機関投資家の「Exit or Voice」の役割が必要である(Holmstrom and Tirole, 1993; Tirole, 2006)。本稿では、機関投資家の事例として、日本株の一部のESGレーティングを選定し、そのレーティングに連動するパッシブ運用を開始したと発表した日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を例に挙げ、いくつかの発表が監視対象企業の株価に与える影響を試算した。

GPIFは、世界最大級の年金基金として資金を運用している。GPIFは、2017年からESGレーティングに基づいてパッシブ運用しているとアナウンスしており、規模の大きな機関投資家によるESG投資の影響に注目が集まっている。本稿では、2017年7月3日と2018年9月25日の、GPIFが選択したESGレーティングに連動するパッシブ運用をするというアナウンスが、市場にどのような影響を与えたのかについて検討した。すなわち、ESGレーティングによるパッシブ運用という機関投資家の「ソフトなボイス」が、どの程度市場に影響を与えるのかについて明らかにする。

本稿では、石油産業に含まれる企業を対象とする。対象の企業として13社を選定した。石油産業に含まれる企業はESG投資に関する評判に敏感であると考えられるため、ESG投資活動についての分析対象として適切であると考えた。

株価に関する分析に先立ち、対象となる企業のESG活動に関して、可能な範囲で評価することを試みた。企業のESG活動に関する活動は、必ずしも財務諸表に現れ、明らかになるとは言えない。ここでは、企業のESG活動に関する情報をサステナビリティ・レポートから抽出することを試みた。

対象とする13社のうち8社がウェブページにCSR情報を公開しており、そのうち6社が年次のサステナビリティ・レポートを報告している。これらの情報は、財務情報に必ずしも現れるとは限らない企業のESG活動について報告していると考えられる。その6社のサステナビリティ・レポート(出光興産と合併する前の昭和シェル石油を含むので、実質的に7社)について、自然言語処理のトピック分析を用いて、9つのトピックと仮定して含まれるトピックの内容について分析した。それぞれのトピックは、単語の発生頻度によって特徴づけられており、発生頻度の高い単語を調べることでトピック内容を解釈することができる。ここでは上位40位までの単語を調べた。その結果、7つのトピックは各社の特徴を捉えるトピックであったが、2つの企業横断的なトピックを抽出することができた。企業横断的なトピックのひとつはESG促進的なトピックと解釈されるトピックである。このトピックに高い頻度で含まれる単語として「環境」、「社会」、「CSR」、「取り組み」などが挙げられる。もうひとつは反ESG的なトピックと解釈されるトピックであった。このトピックには「石油」、「製品」、「原油」など、この産業特有の製品関連の単語が高い頻度で含まれており、事業に関連するトピックと解釈することもできるが、ESG促進的なトピックと反比例する関係が観察されるので、ここでは反ESG的なトピックと名付ける。この分析の結果、ESG促進的と解釈されるトピックは、2017年にいくつかの会社で増加していることが確認できた。

次に、各社の株価について日次データを用いて、2017年7月3日、2018年9月25日のGPIFのアナウンスメントが与えた影響を分析した。ここでは、各社の株価の日次変化率に対してGPIFのアナウンスメントが影響を与えたか、与えたとしたらESGレーティングを持つ企業と持たない企業で差があったかに注目した。GPIFのアナウンスメント時に、採用されたESGレーティングでレーティングを獲得していた企業で1をとるダミー変数(dummy1)と、トピック分析によるESG促進的と解釈されるトピックの割合が0.6を超えている企業で1をとるダミー変数(dummy2)を作成した。dummy1の係数が正で有意であれば、GPIFのアナウンスメント時にESGレーティングを持つ企業が、持たない企業よりも株価の日次変化率が高かったといえる。また、dummy2の係数が正で有意であれば、上記トピック分析によるESG促進的と解釈できるトピックの割合が高かった企業において、追加的に株価の日次変化率が高かったといえる。

日本の石油関連企業の株価は、日本全体の景気動向からの影響と石油価格の動向からの影響を受けると考えられる。それらの影響によって本稿が注目する効果を相殺され、ダミーの係数が正しく推計できない可能性がある。これを避けるために、日本全体の景気動向からの影響を日経平均株価の日次変化率によって、石油価格の動向からの影響をWTI原油価格の日次変化率によって除去することとした。そのため日経平均株価とWTI原油価格の日次変化率を推計式に加えた。ダミー変数と上記2つの変数を用いて、13社の固有の特徴は時間によって変化しないと仮定する固定効果モデルのパネル分析による推計をした。推計期間は2016年4月1日から2021年3月31日である。推計結果を表1にまとめた。

表1:固定効果モデルのパネル分析による推計結果
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表1:固定効果モデルのパネル分析による推計結果

推計結果からは、アナウンス日をダミー変数が1とした場合とアナウンス日と2日目をダミー変数が1とした場合に、dummy1が正で有意な結果となった。一方で、dummy2は正で有意ではなかった。このことは次のように解釈できる。ESGのアナウンスメントは、ESGレーティングを獲得している企業の株価にプラスの影響を与えた。一方で、サステナビリティ・レポートに報告されているESG活動については、ESGレーティングに含まれており、追加的な効果はなかったと考えられる。GPIFが公開された情報に基づくESG活動を評価することを目的としてESGレーティングを選定しているとするならば、この2回のESGレーティングの選定は、正しい選択であったと解釈される。

本稿の分析は、石油関連産業に限定された少数の企業の株価に基づくものであるので、GPIFのアナウンスメントに関する包括的な分析とはいえない。しかしながら、巨大な機関投資家による「ソフトなボイス」が、株式市場に確かに届いた可能性を示唆するものである。