ノンテクニカルサマリー

コロナ禍における企業向け支援措置の不完全な利用

執筆者 本田 朋史(神戸大学)/細野 薫(ファカルティフェロー)/宮川 大介(早稲田大学)/小野 有人(中央大学)/植杉 威一郎(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

補助金や税制優遇措置など、さまざまな政策措置の対象となる潜在的な受給者は、受給資格があっても必ずしも申請の機会を利用するとは限らない。こうした現象は、先行研究にて「不完全な利用(imperfect take-up)」と呼ばれており、これまで、様々な国・措置について観測されてきた(たとえばCui et al. 2022)。特にコロナ禍では、政府が支援を必要とする個人・企業に対し効果的に支援を提供するためには、どのように不完全な利用を解消すればよいかが、政策的に重要な課題となった。不完全な利用の実態とその原因を理解することで、政策資源を効果的に活用することが可能となる。

こうした問題意識のもと、本稿では、2020年11月にRIETIにおいて実施され、中小企業を中心に約5千社から回答を得た2020年度「新型コロナウイルス感染症下における企業実態調査」と民間信用調査機関の企業属性データを結合し、コロナ禍において実施された経営支援策の不完全な利用の程度とその要因を検証した。

図1は、四つの主要な経営支援策、すなわち、①持続化給付金、②政府系金融機関による無利子無担保融資、③民間金融機関を通じた無利子無担保の制度融資、および、④雇用調整助成金のそれぞれについて、売上高対前年対比の10%刻みのビンごとに、各支援策の利用割合を示している。これらの支援策はすべて売上高対前年比が一定の閾値以下であることが資格要件となっており、その閾値を赤線で示している(注1)。これを見ると、持続化給付金以外の三つの支援策は、利用要件となる閾値での顕著なジャンプは見られない。図1ではさらに持続化給付金の閾値(売上高対前年比50)を青線で示している。興味深いことに、持続化給付金以外の三つの支援策は、持続化給付金の閾値で、利用率にジャンプがみられる。なぜこのようなことが生じるのだろうか。実は、これらの支援策の申請に必要な情報や書類が各施策の申請間でほぼ重複しているため、一つの支援策を申請すれば、その企業が別の支援策を申請するコストは格段に低くなる。複数の政策支援に共通する固定的な取引コストに直面していた企業では、持続化給付金の申請の際に、併せて他の支援策を申請した場合が多かったと考えられる。この事実は、不完全な利用の要因として、申請のためのコスト、すなわち取引コストが重要であることを示唆している。

図1. 月次売上高(対前年比)最小値別の支援策利用割合
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図1. 月次売上高(対前年比)最小値別の支援策利用割合

本稿では、より厳密に不完全な利用を検証するため、回帰不連続デザイン(RDD)を用い、以下の結果を得た(注2)。第一に、企業は、持続化給付金以外の特定の支援策を受ける機会を不完全に利用していた。 第二に、最も重要な知見として、持続化給付金の利用により、他の支援策の不完全な利用が有意に軽減されていた。第三に、企業特性や各支援策の受給資格を取得した月に基づくサブサンプル分析を行い、取引コストと、企業が支援策の存在やその内容を知らないという情報摩擦の説明のどちらが実態と整合的であるかを検証した結果、情報摩擦よりも取引コストの方が不完全な利用の説明としてより妥当であることが分かった。具体的には、政策措置の存在について企業がより良く知っていると想定される後半の時期であっても、不完全な利用の程度は増加するか、あるいは変化しなかった。まとめると,これらの結果は,少なくとも日本におけるコロナ禍の企業向け支援策については,取引コストが不完全な利用の重要な決定要因の一つであることを裏付けている。

本稿の結果は、政府が支援を必要とする個人・企業に対し効果的に支援を提供するためには、(1)支援策の対象にワンストップのポータルサイトを作る、政府が支援対象に関する情報を収集するなどにより、申請手続きを簡素化すること、(2)特にパンデミックのような緊急事態においては、支援策の資格要件自体を共通化すること、などにより、取引コストを軽減することが有効であることを示唆している。

脚注
  1. ^ 「新型コロナウイルス感染症下における企業実態調査」では、2020年1月から7月までの各月の売上を、前年同月を100とした水準で質問し、回答を得ている。図1では7か月間の単月の売上(対前年比)の最小値を10%刻みのビンに集計したものを横軸に設定している。なお、雇用調整助成金の一部(休業手当等の100%支給の場合)では、直近3か月の売上平均の減少率(30%)が閾値に設定されており、我々の推計においてもこの基準を用いているが、図1では、簡便化のため、単月の売上高(対前年比)を用いている。
  2. ^ RDDは、閾値をはさむ狭い範囲にサンプルを限り、閾値でのジャンプの大きさを回帰分析によって測ることにより、政策の因果効果を測定する手法である。
参考文献