ノンテクニカルサマリー

デジタル化の進展と産業の新陳代謝―日本における企業の雇用と生産性のダイナミクス―

執筆者 池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト))/伊藤 恵子(千葉大学)/金 榮愨(専修大学)/権 赫旭(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

企業の参入退出や、雇用、生産性の変化を通じた産業内の新陳代謝は、一国の経済成長や生産性の上昇をもたらすと考えられる。しかし、ネットワーク外部性を持つデジタル技術の重要性が増す中で、既存企業の優位性を打ち破って新規企業が成長することがより難しくなり、企業間の生産性格差が拡大するのではないかと懸念されている。一方で、デジタル技術など新技術の進歩が速い産業では、新規企業の参入や退出も活発に行われる可能性も考えられる。欧州諸国については、Corrado et al. (2021)が、無形資産集約度が上昇した産業で企業間生産性格差が拡大する傾向がみられたとの分析結果を報告している。欧州諸国では2000年代以降企業間生産性格差が拡大しており、特にサービス業で無形資産集約度の上昇が大きいという。一方、日本については、池内ほか(2023)が1990年代半ば以降の企業間生産性格差を分析しているが、2000年代の後半以降、生産性格差の拡大は見られない。また、資源配分の効率性も2000年代後半以降低下しており、生産性水準の高い企業が規模を拡大していない。これらの先行研究の結果から、日本では、欧米諸国と異なり、無形資産の重要性やデジタル技術の進歩が、高生産性企業や大企業に有利に働くということが起きていないのではないかとの疑問が生じる。なぜ日本では欧米と同様な現象がみられないのか、新しい技術の導入がそもそも進んでいないのか、または新しい技術導入が生産性の高い大企業だけではなく比較的小規模の低生産性企業の生産性の上昇にも寄与しているということなのか、より詳細な分析が必要である。

そこで本稿では、日本における各産業内の企業間生産性格差を計測し、無形資産集約度の変化やデジタル技術の重要性といった産業属性と企業間生産性格差との関係を分析する。また、参入退出、雇用創出・喪失などの指標も計測し、産業内の新陳代謝と無形資産投資の重要性との関係についても論じる。企業間生産性格差の計測には、経済産業省『企業活動基本調査』の調査票情報を利用し、参入退出や雇用の指標は、総務省『経済センサス』の調査票情報を利用して計測する。また、各産業のデジタル化の度合いとして、経済産業研究所・一橋大学『JIPデータベース』の無形資産データを活用し、情報通信技術がより重要性を増している産業で、新規参入や低生産性企業の成長が難しくなっているのかどうかを定量的に分析する。

図1のように日本では、デジタル関連資産を含む無形資産の集約度は製造業では上昇を続けてきたものの、サービス業では2008年までは上昇傾向であったものがそれ以降、下降している。2000年以降、製造業よりもサービス業の方が無形資産投資の集約度の上昇がみられた欧州諸国とは対照的な動きであった。

図1 無形資産投資集約度の推移:製造業とサービス産業(1995年=0とする相対値)
図1 無形資産投資集約度の推移:製造業とサービス産業(1995年=0とする相対値)

一方、図2に示すように、産業内の企業間生産性格差も、特に2000年代末以降あまり拡大せず、サービス業ではむしろ生産性格差は縮小している。

図2 TFP格差の推移:製造業とサービス産業(1995年=0とする相対値)
図2 TFP格差の推移:製造業とサービス産業(1995年=0とする相対値)

欧州諸国のデータを用いて無形資産投資の集約度と企業間の生産性格差の関係を分析した先行研究(Corrado et al., 2021)と同様の方法で、日本のデータを用いて回帰分析を行ったところ、日本においては、企業間の生産性格差や雇用ダイナミクス(産業内の雇用創出・喪失率や企業の参入率・退出率など)と無形資産投資の集約度との間に、統計的に頑健な関係は確認できなかった。

生産性格差の拡大が望ましいとは言えないが、特にサービス業において、生産性格差が拡大していないだけでなく、生産性上位企業の生産性成長率も低い。日本では、サービス産業の生産性水準が低い上に生産性上昇率も低いことは以前から指摘されてきた。特に、IT化がサービス業の生産性向上に結びついていないのは、ITを補完する人的投資や組織改革への投資が不十分だからだとも指摘されてきた。本稿の結果も、サービス業において無形資産に積極投資して規模を拡大し生産性を高めていく企業が出現していないことを示唆する。生産性上位企業がさらに生産性を延ばして市場支配力を高めると、市場競争を阻害するという面も指摘される一方、上位企業の成長によって、新しい財やサービスが生まれて市場が拡大したり、下位企業へ技術知識がスピルオーバーしたりすれば、産業全体の生産性上昇につながる面もある。しかし、日本の、特にサービス業で、産業全体の生産性成長を牽引するような企業が出現していないことが、日本経済全体の生産性低迷にもつながっている可能性がある。

また、日本では、小泉内閣時代の構造改革によって所得格差が拡大したという批判を受けて、その後の経済政策では不平等の是正が志向されてきた。中小企業への厚い支援を続けている一方で、ネットワーク外部性や規模の経済性を活かせるようにある程度の市場集中度を容認するような政策は採られなかった。一方、大企業側も資金が足りないために積極的に投資ができないわけではなく、日本企業の預貯金はリーマン・ショック以降積みあがっている。本来、もっと有形・無形資産に投資をして、技術力や生産性を向上させていくべき企業が、投資を控えて貯蓄をする状態が長期間続いていることが、高生産性企業の生産性があまり上昇していない理由の一つといえるかもしれない。

政府としては、比較的生産性の高い大企業の将来への投資を促すような政策を採る必要があるだろう。また、すべての中小零細企業を支援するのではなく、ベンチャーや成長意欲の高い独立系の中小企業、アカデミック・アントレプレナーシップの支援をより重視することで、既存企業の優位を脅かすような存在にまで成長するような企業の出現を促すことも重要である。国内およびクロスボーダーM&Aなどの活性化に力を入れて新陳代謝を促すことも、高生産性企業の成長に資する可能性があると考えられる。

さらに、近年のデジタル技術の進歩は、多様な働き方を可能にする。デジタル集約度が高いサービス業で、日本企業の無形資産投資や生産性が低迷しているという本稿の結果を踏まえれば、たとえば政府が高度なスキルを持つ若者や外国人が働きやすい環境を提供して、高度人材の起業や人材の集積を促せば、デジタル集約度の高いサービス業の投資も増え、生産性上昇につながるかもしれない。より良い生活環境を提供することによって、日本企業に勤務する高度人材だけでなく海外企業にリモートで勤務するような高度人材も日本国内に呼び込むことができれば、高度人材どうしの交流や企業間の労働移動などを通じて知識のスピルオーバーが進み、さらなる知識の集積が期待される。また、外国に居住しながら、日本の政府機関や研究・教育機関などにリモートで勤務することが容易になれば、外国に居住する高度人材の活用が民間企業にもさらに拡大していくかもしれない。デジタル集約度が高いサービス業の生産性向上のためには、政府が率先して国内外の高度人材を活用することによって、日本に国内外の高度人材を集積させ、国内の新規参入や既存企業の人材の流動化や高度化につなげていく必要があると考えられる。

参考文献
  • 池内健太・伊藤恵子・深尾京司・権赫旭・金榮愨(2023)「国際比較からみた日本企業の生産性と雇用のダイナミクス」、『統計』第74巻 2号(2023年2月号)、pp. 23-29。
  • Corrado, Carol, Chiara Criscuolo, Jonathan Haskel, Alexander Himbert, and Cecilia Jona-Lasinio (2021) “New Evidence on Intangibles, Diffusion and Productivity,” OECD Science, Technology and Industry Working Papers, No. 2021/10, OECD Publishing, Paris, https://dx.doi.org/10.1787/de0378f3-en.