ノンテクニカルサマリー

移転企業の特性:地方創生の視点から

執筆者 伊藤 匡(学習院大学)
研究プロジェクト 地方創生の検証とコロナ禍後の地域経済、都市経済
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「地方創生の検証とコロナ禍後の地域経済、都市経済」プロジェクト

序論 2020年から2022年のコロナ禍において、遠隔による業務遂行がなされるようになり、いわゆるニューノーマル(新たな慣習)が生まれた。東京の本社を閉鎖、もしくは東京から近隣都道府県や地方に本社を移転した企業も多くある。こうした企業の移転が地方経済の活性化に連動していくことが望まれる。よって移転する企業の特性を把握しておくことには意義があるであろう。企業の流入は新しいビジネスの誕生や新しい取引関係の構築を通じて地方経済の活性化に与える効果が大きいのではないか。歴代内閣が取り組んできた国の重要施策である地方創生の鍵となる地方経済の活性化に果たす役割は大きいと考えられる。日本政府は地方創生推進の政策の一つとして、第二次安倍政権下の平成27年度より企業の地方移転に対する優遇税制制度として地方拠点強化税制を開始しており、令和4年度には同優遇制度が更に拡大強化された。企業の地方移転を通じた地方経済の活性化は重要施策として位置づけられているわけである。本稿では、東京商工リサーチ企業データ及び企業間取引データを利用して、移転企業の特性(生産性及び経営者の年齢、企業年齢など)を明らかにし、また移転企業の取引先の変更につき分析を行う。また、外部からの企業の流入と流入先地域産業の発展との関連性について考察する。

分析 本稿は企業の移転について分析を行うため、期間途中で参入もしくは退出した企業は除いて、2007年から2016年まで存続している企業490794社についてその移転を分析した。2007年から2016年の全期間を通じて存続していた企業の内、都道府県をまたいで移転した企業は0.74%にしか過ぎず、東京や大阪が減少する一方、その近隣都道府県で増えている。表1は全移転企業について移転の更なる詳細を示している。移転した29401社の内、都道府県をまたいだ移転が3414社(11.6%)、同一都道府県内の市区町村をまたいだ移転が13189社(44.9%)、市区町村内の移転が12798社(43.5%)である。同一都道府県内の市区町村をまたいだ移転企業13189社の移転は、中心地から非中心地への移転か、それとも非中心地から中心地への移転であろうか。総務省統計局が実施する国勢調査において用いられている大都市圏の中心地の定義に従って、政令指定都市および東京23区を中心地として、それ以外を非中心地とすると、中心地から中心地への移転が6521社 (49.4%)、非中心地から非中心地への移転が4372社 (33.1%)である。ほとんどの企業が中心地から中心地、非中心地から非中心地へと移転しているわけであるが、中心地から非中心地への移転は1343社 (10.2%)あり、非中心地から中心地への移転953 社(7.2%)を上回っていることより、ある程度中心地から非中心地への移転が進んできたことが観察できる。

同様の分析を雇用者数100名超の企業について実施すると、規模の大きな企業は全企業平均の場合と比較して、都道府県間の移転が比較的多く(17.9%)、また同一都道府県内の市区町村間の移転も比較的多いことが観察される(52.0%)。一方で、同一都道府県内の市区町村間の移転企業の内、中心地から中心地への移動が72.1%と大部分を占め、非中心地から中心地への移転は最も少ない。

更に、情報サービス業およびインターネット附随サービス業について同様の分類を行った。一般的に情報サービス業およびインターネット附随サービス業は工場などの物理的な大きな施設を必要としないため、より移転し易いと考えられることより、同産業に特定して分類を実施した。都道府県間の移転(11.4%)は、全企業平均の場合とほとんど変わらず、同一都道府県内の市区町村間の移転(57.2%)が多い、また市区町村間の移転の内訳としては中心地から中心地が多く(81.8%)、非中心地から中心地への移転は雇用者数100名超の企業の場合よりも更に少ない(4.2%)。情報サービス業およびインターネット附随サービス業は、物理的な制約がないことにより移転は容易ではあるものの中心地に立地することによる便益が重要であることが示唆されている。情報サービス業およびインターネット附随サービス業は、知識産業であるが故に知識や情報分野の人材が集積している中心地に移転・集積する傾向があるのだろう。

表1および表2は都道府県間の移転につき、それぞれ非中心地から中心地、及び中心地から非中心地へ移転した企業の産業別企業数上位30産業および一社当たり平均雇用者数を示したものである。太字になっている産業が製造業である。非中心地から中心地へ移転した企業は上位にサービス業や卸・小売業が多く、製造業はその後に続く(表1)が、中心地から非中心地へ移転した企業では製造業が比較的上位に位置しており、また平均雇用者数が100名を超える産業も多い。製造業企業の方がサービスや卸・小売業よりも非中心地への移転の傾向があり、雇用者数の観点からも影響が大きいことが観察される(表2)。

移転企業の特性について、計量推定分析を行ったところ、従業員数が多い企業、生産性の高い企業、若い企業、若い経営者の企業が移転する傾向が高いことが明らかとなった。また、地域の特性変数としては、全体として最低賃金及び地価の低いところへ移転する傾向があることが見出された。

また、移転企業の取引先変更に関して計量推定分析を行った結果、移転した企業は取引先を変更する傾向が高いことが明らかとなった。更には、企業の移転してきた地域・産業と同地域・産業の成長(雇用者数、売上高、労働者一人当たり売上高)の間には正の相関関係があることが確認された。尚、これら推定分析の結果詳細については紙面の都合上割愛するため、論文をご参照願いたい。

結論 分析の結果、移転している企業の割合は他の先進国における分析結果と同様に極めて少なく、都道府県間の移転は全期間を通じて存続していた企業の0.74%にしか過ぎないこと、ほとんどの移転企業は近接地域に移転していること、規模が大きい企業や生産性の高い企業、また若い(存続期間が短い)企業及び若年経営者の企業の方が移転する傾向にあること、情報産業は中心地に集積・移転している傾向が見られること、移転した企業は取引相手先を変更する傾向にあること、取引顧客の近くに移転する傾向が若干見られること、更には、新規参入企業が多い地域産業と同地域産業の業績の間に正の相関関係があることが確認された。すなわち、これらの発見事項は、全体として中心地に好調な企業が集積していることを示しており、地方創生の観点からは危惧すべき状況を示唆している。しかしながら一方で、雇用者規模の大きい企業でも東京、大阪及びその近接都道府県から地方に移転している企業も相当数存在すること、中心地から非中心地への移転企業には製造業が多く、雇用規模も小さくないことも明らかになった。製造業が比較的地方移転に抵抗が少なく、企業は顧客企業の近くに移転する傾向があることより、政策として企業の地方移転を促す際には、より川下の製造業を誘致することが雇用の拡大や更なる企業の移転を呼ぶ可能性を高めることを示唆している。

表1:非中心地から中心地へ移転した企業の産業別企業数
表1:非中心地から中心地へ移転した企業の産業別企業数
表2:中心地から非中心地へ移転した企業の産業別企業数
表2:中心地から非中心地へ移転した企業の産業別企業数