ノンテクニカルサマリー

市町村税務データを用いた既婚女性の就労調整の分析

執筆者 近藤 絢子(ファカルティフェロー)/深井 太洋(筑波大学)
研究プロジェクト 子育て世代や子供をめぐる諸制度や外的環境要因の影響評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「子育て世代や子供をめぐる諸制度や外的環境要因の影響評価」プロジェクト

いわゆる「年収の壁」による既婚女性の就労調整が改めて注目を集めている。フルタイムで働く配偶者を持つパートタイム労働者は、配偶者の扶養家族となることで、社会保険料負担を免除されたり配偶者の課税対象所得から控除を受けたりすることができるからだ。本論文は、個人住民税の課税記録のデータを用いて、有配偶女性の就労調整の実態についての記述的分析を行う。

実際に就労調整している人が多い「年収の壁」は、所得税の課税対象となり税制上の扶養家族から外れる「103万円の壁」と、社会保険の扶養から外れて国民年金・国民健康保険への加入が必要となる「130万円の壁」の2つである。

有配偶女性の給与収入分布

図は有配偶女性の給与年収のヒストグラムである。年収分布のピークは103万円で、103万円を超えると大きく減り、130万円を超えるとさらに減ることが確認できる。本論文の主な貢献のひとつとして、個人住民税の課税データを用いることで給与収入を正確に把握し、1万円単位でどこに分布の不連続があるのかを明らかにした点がある。住民税課税対象となる100万円と所得税の課税対象となり税制上の扶養から外れる103万円を区別できる精度の分析によって、100万円をこえるとかかる住民税額のほうが103万円をこえるとかかる所得税額より多いにもかかわらず、後者に合わせて調整する人が多いことがわかる。ここから、制度上の負担増の大小と就労調整の実態にずれがあることが示唆される。

地方自治体の行政業務データを用いるもう一つの利点として、その自治体に居住するすべての個人をもれなく追跡できるパネルデータとなっている点があげられる。世帯構成の情報を合わせて用いることで、夫の就業形態や所得税率、結婚・出産前後の変化や子供の年齢別の分析などが可能になる。本論文で得られた主な知見は以下のとおりである。

  • 夫の社会保険の扶養に入ることができる、夫が給与所得者である場合に130万円の壁が大きくなる(制度と整合的)
  • 2018年の配偶者控除・配偶者特別控除の変更後、103万円以下に年収を調整する有配偶女性の割合は減り、130万円以下の範囲で103万を超える割合が増えたが、依然として多くの有配偶女性が103万円以下に調整している
  • 結婚前後も出産前後も、元の収入が低い方が収入を103万円以下に抑えるようになる傾向が確認され、本人の過去の収入を所与とすれば、夫の収入が高い方が就労調整しやすい
  • 出産後、子供が成長するにつれて女性の労働供給は増えていく傾向があるが、子供が幼稚園に入るころからはっきりと年収の壁がみられるようになり、子供が成長しても壁は存在し続けることから、出産を機に正社員の職を退職した女性がパートタイムの非正規雇用者として再就職し、そのままパートで居続けているであろうことが示唆される
  • 同一個人を5年間追跡すると、扶養の範囲で働いていた人の2/3は5年後の年収も扶養の範囲内にあり、結婚・出産後もフルタイム就業を続ける人と結婚出産を機に退職し、非就業あるいは扶養の範囲のパート就業にとどまる人とでキャリアパスが分かれていることが示唆される
  • 地域特性との相関を見ると、男女間学歴差が大きく、女性の就業率が低くパートタイム就業者比率が高い市ほど、103万円以下に就労調整する人が多い

本論文では、労働時間や企業規模の情報がないことからパートタイム労働者への社会保険適用拡大の影響は扱わなかった。しかし、今後段階的に適用の拡大が進められるとともに、年々最低賃金が引き上げられていることから、年収の壁の存在は今後ますます重要な政策課題となるであろう。本論文で得られた知見を、そうした議論の土台となる記述的なエビデンスとして活用してもらいたい。