ノンテクニカルサマリー

職場の環境と不妊治療 -インターネット調査を用いた分析-

執筆者 川上 淳之(東洋大学)/乾 友彦(ファカルティフェロー)/馬 欣欣(法政大学)
研究プロジェクト 人的資本(教育・健康)への投資と生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人的資本(教育・健康)への投資と生産性」プロジェクト

不妊治療による出産は増加傾向にあり、2020年に体外授精によって生まれた出生児数は6万381人で、同年に生まれた出生児全体の7.18%である(日本産婦人科学会「2020年ARTデータブック」)。治療増加の背景には、治療に対するニーズの広がりの要因として、晩婚化が進んだことも挙げられるが、同時に、治療環境の改善として、国・自治体による不妊治療の助成事業や、企業に対して治療と就労の両立支援を促進したことが挙げられる。

この論文では、経済産業研究所が実施したWEB調査である「就労環境が不妊治療に与える影響に関するインターネット調査」の調査結果を用いて、治療における困難性の状況をみるとともに、助成金および職場でのサポート施策が治療の継続に与えた影響を分析している。また、論文の特徴として、分析を行うにあたり、治療にかかる負担の大きい体外授精、顕微授精とそれ以外の治療をわけるために、ステップの段階(タイミング指導、人工授精、体外授精・顕微授精)ごとにその効果をみている。

図1は、治療を進めていく上で直面した治療の困難性をまとめたものである。タイミング指導のステップは、他のステップと比較して、相対的に困難を感じる傾向も見られない。ただ、そのなかで、スケジュールの都合で通院を満足にできなかった割合が高い。そして、経済面、精神的・肉体的な負担から次の段階にステップアップを断念したと回答する割合も高い。人工授精の治療を受けたサンプルでも、タイミング指導と同様に、スケジュールの都合で通院を満足にできなかった割合が高く、さらに、体外授精・顕微授精へのステップアップの断念をしている割合も高い傾向がみられる。また、タイミング指導と比較して職場のサポートが得られないと回答する傾向も高い。体外授精・顕微授精の段階では、ステップアップの段階の代わりに、金銭面、精神的・肉体的な負担によって満足のいく治療回数が少なくなり、希望のタイミングで治療を行えないという課題に直面することが示される。また、人工授精と同様に、職場のサポートが得られない割合も高い。

図1. 不妊治療を進める上での困難性(ステップ別))
図1. 不妊治療を進める上での困難性(ステップ別)
資料)本文の図表8-2を引用。

図2では、不妊治療に関する国・自治体の助成金を受けたサンプルと助成対象でないために助成金を受け取れなかったサンプルとの間で、人工授精の治療を受けていた場合に、世帯所得が治療の結果(人工授精の治療内で出産して治療を終了、現在も治療を継続、体外授精・顕微授精にステップアップ、ステップアップせずに治療終了)の選択に与える影響に違いがあるかを分析した結果である。 図2で示される推定結果のなかで、助成非対象であった場合に世帯所得が治療終了に与える効果が負の値で統計的有意な結果が得られている。これは、助成金の非対象者であった場合に、世帯所得が高い世帯で治療終了をしないという結果(=世帯所得が低い世帯で治療を続けられず治療終了している)ことを意味している。

人工授精の治療を受けているサンプルにおいて、治療の助成対象でなかった場合には、世帯所得が制約となり、治療の継続や体外授精・顕微授精へのステップアップではなく、その段階での治療を終了している(本文図表15では、世帯所得が高い場合に治療が終了しない、という関係が示されている)。助成金を得られることにより、より高額な治療である次のステップに進む効果があると考えられる。

図2. 助成金の受給別、世帯所得が治療に与える影響(人工授精の治療サンプル)
図2. 助成金の受給別、世帯所得が治療に与える影響(人工授精の治療サンプル)
資料)本文の図表15果より作成。アスタリスク*, ***はそれぞれ有意水準10%、1%基準で統計的有意な結果であることを示す。

一方で、職場でのサポート体制について、論文では治療のための休暇に関する施策、治療の窓口に関する施策、治療のための働き方の施策の治療に与える効果をみているが、どの施策においても、効果が示されるのは「不妊治療について上司や同僚に相談しやすい雰囲気があった」と回答している場合のみに確認される。調査対象の半数以上は治療していることを職場に伝えていないことからも、職場において不妊治療をサポートするためには、制度の拡充のみではなく、制度を利用しやすくするために、職場における上司・同僚の理解とともに、コミュニケーションをとりやすい職場環境であることが重要であると示唆された。