執筆者 | 鶴岡 路人(慶應義塾大学) |
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研究プロジェクト | グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」
EU(欧州連合)の対中戦略が変容している。欧州は「中国に甘い」との批判が日本では長らくなされてきたが、2010年代半ば以降、EUと中国との関係は大きく変容している。EUは中国との関係において何を実現しようとしているのか、そのなかで、広義の経済安全保障分野に該当する各種政策ツールはいかに位置付けられるのか。
EUにとっての最も直接的な目標は、自らの経済的利益の擁護である。そのうえで、さらに大枠の目標としては、「欧州の生活様式(European way of life)」を守るのだと表現されることがある。これは対中関係においても同様であり、数字にあらわれる経済的利益を擁護しようとするのは当然のこととして、それによって欧州が欧州らしくなくなっては困るという基本的考え方が根底に存在する。
対中戦略ツールとしては、2010年代半ば以降、対中認識が急激に悪化するなかで、投資審査や輸出管理、補助金対策の強化がなされ、さらには経済的威圧(economic coercion)への対応などが急速に整備されてきた。結局頓挫してしまっているものの、中国との包括的投資協定(CAI)の交渉も進められた。これらはすべて、欧州の経済利益を守るための防御的な措置と位置付けられる。ただし、その背景に経済安全保障を含む安全保障問題、さらには新疆ウイグルにおける強制労働を含む人権問題、香港における自由の後退などへの懸念や反発の拡大という背景も存在する。経済と政治、安全保障が重なり合うような領域が拡大しているのである。
日本は中国と自らを対比される観点で、自由や民主主義を強調し、EUを含む米欧とは価値の共有を掲げてきた。欧州の対中認識が悪化するなかで、欧州にとっても価値を共有するパートナーとしての日本の位置づけが上昇している。これは日本自体や日EU関係にとっては追い風である。また、経済安全保障分野も、日EU協力の優先分野として言及される機会が増加している。しかし、それを単なる言葉ではなく、互いの重要な利益のための実質的な協力につなげていくには、何よりもまずEUの対中戦略の全体像を正しく把握することが出発点になる。