このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト
日本では過去数十年間、高齢化と人口減少が進行してきた。2000年に日本人の平均年齢は41.4歳になり、日本の生産年齢人口(15歳以上64歳未満)も減少を続けている。日本の生産年齢人口のピークは1997年8,697万人で、2050年には5,275万人とピーク時から約40%減少すると予想される。このような年齢構造の変化と人口減少が、経済成長の源泉であるイノベーションと生産性上昇にどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることは重要である。人口の高齢化を背景に、本研究は従業員の高齢化が企業のイノベーションと生産性上昇に与える影響を、上場企業のデータを用いて分析する。
従業員の高齢化には二つの側面がある。年齢が高くなり、勤続年数が伸びることは仕事の熟練、経験と学習による人的資本の蓄積などにつながって、労働者の生産性を伸ばす可能性がある一方、新しく挑戦的なイノベーションとビジネスのための投資や組織改編などを鈍らせ、組織の硬直化とパフォーマンスの低下を招く可能性を指摘する声もある。なお、平均年齢が同じで、勤続年数が高い企業と低い企業がある場合には、前者の方が、企業特殊的人的資本の蓄積が大きいと言えよう。また勤続年数が同じで、平均年齢が高い企業と低い企業がある場合には、前者の方が企業特殊的でない(社会一般で通用する)人的資本の蓄積が大きい一方、高齢化による体力減退の影響を受けている可能性がある。
本論文では、日本政策投資銀行の『企業財務データバンク』の上場企業の財務データと『IIPパテントデータベース2020年版』を用いて、従業員の平均年齢と平均勤続年数が企業の生産性とイノベーションに与える効果を検証している。 上場企業の従業員の平均年齢は図1のように、近年になるほど高くなっており、一部の企業に限ったことでもない。
企業レベルの生産性を従業員の平均年齢に回帰させた結果(図2の[a]、係数と95%信頼区間、従業員平均年齢30歳未満の企業を基準とする)を見ると、従業員平均年齢30歳未満の企業に比べ、30歳代では生産性が高くなるが、40歳代半ば以降では低下が大きい。 また、企業レベルの生産性と勤続年数の関係を見る(図2の[b]、係数と95%信頼区間、従業員平均勤続年数3年未満の企業を基準とする)と、勤続年数が伸びるほど、生産性への寄与が大きくなることが確認できる。
従業員平均年齢と平均勤続年数が企業のイノベーションとどう関係するかを検証するために、イノベーションの指標の一つである特許出願の諸変数を従業員平均年齢と平均勤続年数に回帰させた。特許出願の指標としては、毎年の特許出願件数、累積特許出願件数、直近5年の累積特許出願件数、特許の質を表すとされる特許被引用件数、累積特許被引用件数、特許出願後5年間被引用件数、AIやロボットなどの特許出願件数などを用いているが、ここでは特許出願後5年間被引用件数との関係を紹介する。図3は被説明変数として企業の特許出願後5年間被引用件数の合計を従業員平均年齢と平均勤続年数に回帰させた結果である。図2と同様、図3の(a)は従業員平均年齢30歳未満の企業を基準にしており、図3の(b)は従業員平均勤続年数4年未満の企業を基準に比較しているものである。従業員平均年齢が30歳を超える企業は、30歳未満の企業に比べ特許の質が有意に高く、その効果は平均年齢が高くなるほどおおむね高くなる。一方、平均勤続年数は3年未満の企業に比べ、勤続年数が長くなるほど低下する。
これらのほか、様々な分析を行っており、全体から得られた主な知見は以下のとおりである。
(1)1970年代以降、上場企業の従業員平均年齢は上昇を続けている一方、平均勤続年数には大きな変化がない。
(2)従業員の平均年齢の上昇は生産性を高めるが、45歳以降は負の影響を与える逆U字型をしている。
(3)従業員の平均勤続年数の伸びは企業の生産性を高め続け、逆U字型ではなく、右上がりの直線型である。
(4)生産性に対する高齢化の影響を社齢別にも分析してみた。企業年齢50歳までの比較的若い企業では従業員平均年齢より勤続年数が生産性に重要な役割を果たすが、企業年齢50歳超えの比較的古く成熟した企業では従業員の平均年齢が生産性の面で重要であり、平均勤続年数の長期化と生産性上昇の間で有意な関係は確認できない。生産性に対する従業員平均年齢と平均勤続年数の影響は、企業年齢のような企業属性によって異なると考えられる。
(5)特許でとらえたイノベーションは、量(特許出願件数)でも質(出願後5年間被引用件数)でも新規性(AIやロボット特許の出願件数)でも拡張性(過去と現在の特許ポートフォリオが類似せずに新しい分野の特許を出すか)でも、従業員の平均年齢の上昇が正の貢献をし、勤続年数の長期化は負の影響を与える。
(6)従業員の平均年齢と平均勤続年数はともに平均賃金の上昇と正の関係にあるが、年齢効果が勤続年数の効果より大きい。
勤続年数の長期化は企業(特に比較的若い企業)の生産性に大きく貢献するため、勤続年数の長期化を伴う従業員の高齢化は生産性を低下させない可能性がある。従業員の高齢化が避けられない現在の状況では、従業員の長期勤続に伴う人的資本の蓄積は、生産性のような企業パフォーマンスの向上に重要である。従業員の高齢化による負の影響は、企業内教育などによる人的資本の蓄積によって克服できる可能性がある。また、生産性に対する影響において、若い企業では勤続年数がより重要で、企業特殊的な人的資本の形成が重要な役割を果たす一方、成熟した企業では経験を表す平均年齢がより重要である。
なお、特許出願関連の指標で捉えられるイノベーションは、従業員の高齢化と正の相関を持っており、年齢上昇によるパフォーマンスの低下はほとんど見られない。一方、勤続年数の長期化はイノベーションと負の相関を持つ。これは生産性との関係と反対の結果であり、雇用の長期化は生産性とは正の相関を、イノベーションとは負の相関を持つことになる。長期雇用は生産性を高めるが、イノベーションには必ずしも貢献していない可能性を示唆する。
従業員の高齢化が避けられない今日の日本企業において、企業の属性に合わせて従業員の最適な貢献ができるように、高齢化する社員の配置と教育などに関する工夫が重要であるといえよう。
ただし、本研究の結果の解釈には注意が必要である。例えば、図2の結果は、30代の従業員が50代の従業員より生産性が高いことを意味するわけではない。本研究における従業員年齢と勤続年数は、個人ではなく企業全体の単純な平均年齢と平均勤続年数であるためである。